海氷減少が続くと将来は北極海が一大漁場になる? - JAMSTECなどが発表

  [2014/05/30]

海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、情報・システム研究機構 国立極地研究所、北海道大学、常葉大学との共同研究により、北極海の海氷減少が海洋生態系にどのような影響を与えるのかを調べるために、北極海の太平洋側に設置した「セディメントトラップ係留系」による観測を実施し、さらにその観測結果を踏まえた「渦解像海氷海洋結合モデル」による数値実験を同機構が所有するスーパーコンピュータの地球シミュレータを用いて実施した結果、栄養分の豊富な大陸棚由来の海水(陸棚水)が、近年の海氷減少で活発化した海の渦や循環によって水深の深い北極海盆域を輸送されることで、初冬の海氷下においても生物由来の有機物粒子が多く沈降していることを明らかにしたと発表した。

成果は、JAMSTEC 地球環境観測研究開発センターの渡邉英嗣研究員、同・小野寺丈尚太郎主任研究員らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月27日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

近年、北極海における急激な海氷の減少が進行しているが、中でも動・植物プランクトンへの影響を評価することは、魚類や海生ほ乳類の生息環境が今後どのように変化していくかを予測するために重要だ。一般に植物プランクトンの生産活動は光・水温・栄養塩(海水に溶けている窒素やリンなどの栄養素)の条件に依存する。ちなみに植物プランクトンの生産活動とは、植物プランクトンが海水中に溶けているCO2を利用して炭素を体内に取り込むことで有機物を形成するプロセスのことをいう。一定時間に一定空間内で有機物が多く形成されることを「生物生産性が高い」という。

海氷は日射を遮るので、海氷で覆われる時期が短くなれば植物プランクトンの成長に好都合となる一方、海氷の融け水は海洋表層の栄養塩濃度を低下させるため、結果として成長が抑制される場合もあり、海氷減少は海洋生態系を支える植物プランクトンに大きな影響を与えるという。

また北太平洋からベーリング海峡を通じて流入する海水(太平洋起源水)は、北極海に熱と栄養塩を輸送する役割を担っており、太平洋起源水がその輸送経路上で北極海の海氷減少の影響を受けることがあれば、海洋生態系の変動をもたらす可能性もあるとする。このように、海氷減少に伴う北極海の海洋環境を正確に把握することは、海洋生態系への影響評価を行う上でも非常に重要というわけだ。

さらに、植物プランクトンの生産および動物プランクトンによる捕食は、粒子状有機物を沈降させる過程を通じて大気中のCO2を海洋深層に隔離する役割も持つ。これは「生物ポンプ」と呼ばれるシステムで、地球温暖化に大きな影響を及ぼすCO2濃度をコントロールするものとして注目されているところだ。

これまでの研究で、この「生物ポンプ」は、北極海ではあまり効率的に働かないことが報告されてきている。これは北極海の中でも水深の深い海盆域では、生物生産による有機物形成が不活発であることと、有機物をいち早く沈降させる「バラスト粒子」が他海域に比べて少ないことによるものだという。なおバラスト粒子とは、海洋表層で形成された有機物が海洋深層に沈降する際におもりとなる粒子のことをいう。大陸棚から離れた北極海盆域では、バラストとなる珪藻の殻や鉱物などが少ないため、生物生産量に対する有機物沈降量の割合が小さいことが報告されている。

しかし、海氷減少に伴って生物生産を介した有機物の沈降が活発化した場合、北極海が重要なCO2吸収域となることも想定される。すなわち、北極域の気候変動が動・植物プランクトンに与える影響を調べることは、地球全体の物質循環の変化を炭素も含めて科学的に評価することにもつながり、このことは地球温暖化を研究する上でも重要だ。

しかし、北極海の海洋生態系に関するこれまでの現場観測は、1回あたり数ヵ月程度でなおかつ場所も限定されているのが現状である。この観測の時空間的な空白を補完するには数値シミュレーションを用いた解析が科学的には有効な手法だ。しかし、北極海では10kmスケールの渦や複雑な海底地形に沿ったローカルな流れが、この海域全体の海洋の動きを支配しているという特徴があり、地球温暖化予測に利用されるような従来の気候モデルでは十分に対応できない現象が多く残されている。さらに北極海の海洋生態系を対象とした数値実験による研究もまだ歴史が浅いことから、研究チームは今回、こうした課題に取り組むことから研究をスタートさせた。

研究チームが2010年10月からスタートさせて現在も実施中なのが、海氷減少が海洋生態系に与える影響を調べることを目的とした、北極海の太平洋側に位置し、カナダ海盆の西側に位置する「ノースウィンド深海平原」(傾斜の緩やかな大洋の深海底、以下NAP)の北緯75度、西経162度にセディメントトラップ係留系を設置し、沈降粒子を捕集する時系列観測だ(画像1)。

セディメントトラップ係留系とは、水中を沈降する粒子を捕集する観測機材「セディメントトラップ」を、浮き球・ロープ・切り離し装置・錨を用いて任意の深さに設置する係留系のことをいう。今回の研究では防腐剤を含む捕集瓶を約2週間ごとに自動的に交換させながら通年観測が行われた。

観測の結果、「極夜」(白夜の反対で、日中でも薄明か、太陽が沈んだ状態)が始まる10月以降の初冬期に新鮮な二枚貝の稚貝を多く含む有機物粒子が大量にとらえられていることが確認されたのである(画像2・3)。沈降粒子の中には鉱物や沿岸でよく見られる珪藻種も存在することから、水深が浅い大陸棚からの海水の輸送が関与していることが推測されるという。

画像1(左):研究対象海域およびその周辺地勢。NAPにセディメントトラップ係留系(画像中左下に模式図)が設置された。左上の画像は生物ポンプの概念図。太平洋起源水の下流域にあたるNAP周辺で複数年に渡って観測が実施されたのは今回が世界でも初めてだ。画像2(中):NAP地点における生物由来粒子の沈降量。短波放射と海氷密接度の時系列はNCEP-CFSR再解析データから作成されたもの。夏季だけでなく、極夜時期の10~12月に沈降量極大が見られる。画像3(右):動物プランクトンの顕微鏡写真で、「生体」はJAMSTEC海洋地球研究船「みらい」のプランクトンネット観測でとらえられたもので、「試料中の個体」はセディメントトラップで捕集されたもの (C)JAMSTEC

この観測結果を踏まえて、NAP地点で冬季に沈降粒子量が最も多くなるメカニズムを調べるために研究チームが開発したのが、海氷海洋物理モデル「COCO」に、北極海仕様の海洋生態系モデル「NEMURO」を結合させた北極海全域を対象とする数値モデルだ。これを用いて地球シミュレータ上で数値実験を行い、NAP地点における生物由来粒子の季節変動を再現することに成功した次第だ(画像4・5)。

補足しておくと、COCOは「Center for Climate System Research Ocean Component Model」の略で、現・東京大学 大気海洋研究所、旧・東大 気候システム研究センター(CCSR)で開発された海氷海洋結合モデルだ。標準版では海氷厚・水温・塩分・流速といった物理変数のみを計算しており、JAMSTECとの共同によりversion4.9まで整備されている。今回の研究では水平解像度5kmで計算することにより、10kmスケールの渦から1000kmスケールの海洋循環など、さまざまな海の動きを同時に表現している。

そして、NEMUROは「North Pacific Ecosystem Model for Understanding Regional Oceanography」の略で、北太平洋海洋科学機構(PICES)の枠組みで開発された海洋生態系モデルだ。栄養塩から動・植物プランクトンまでの低次栄養段階の生態系変数を計算し、標準版では魚類・海生ほ乳類は扱わない。元々は北太平洋海域を対象に開発が進められてきたが、今回の研究では北極海の海洋生態系を表現するために改良が加えられている。

初冬期の海洋深層への生物粒子輸送。画像4(左):1300m深での水平分布とNAP地点での時系列。トラップ観測結果(棒グラフ)と同様に夏と初冬のダブルピークが再現されている。モデル結果(実線)で夏季ピークの位相が遅れているのは海氷底面に付着して生息し、氷が融けると共に海中に落ちてほかの生物のエサとなる珪藻の1種「アイスアルジー」を扱っていないことに起因する。画像5(右):8月中旬の100m深における水温と海洋流速場、および渦の移動経路。番号が各月を表している(「6」が6月15日の渦の位置)。一部の冷水渦はカナダ海盆域を時計回りに流れる「ボーフォート海流」によって西側に運ばれ、11月中旬にNAP周辺を通過している (C)JAMSTEC

今回の実験によって、NAPに加え、東側のカナダ海盆南部でより多くの粒子が沈降していることが明らかになったが、これには海洋中の渦活動が重要な役割を担っていると考えられるという。これまでの研究で、太平洋起源水が「チャクチ陸棚」域(画像5の左上側、画像1のほぼ中央、シベリアとアラスカの間)からカナダ海盆域に流入する際に直径数10kmの海洋渦が生成されることが報告されており、今回の実験結果からは、これらの渦によって栄養塩豊富なチャクチ陸棚水が海盆域に輸送されると共に、渦内部では動・植物プランクトンが活発に活動していることが解明された。

極夜時期の海氷下では北極海の多くの海域でプランクトン活動が休止状態だが、流入する海洋渦の中では生物の生産活動が継続されることにより、渦が通過する初冬期の海盆域で生物由来粒子の沈降量がピークとなったと考えられるという。今回の研究ではさらに、海氷の厚さの条件を変える数値実験を行い、その結果から、今回明らかになった渦活動とそれに伴う生物由来粒子の沈降が、海氷減少に伴って徐々に活発化していくメカニズムも明らかにされた(画像6・7)。

海氷条件を変えた数値実験結果。画像6(左):モデル計算で得られた10月1日の海氷分布。「2010M」が標準実験、「Ice2.0」、「Ice0.5」は実験初期の海氷厚をそれぞれ2倍、0.5倍した結果。Ice2.0ケースは1990年代、Ice0.5ケースは最少海氷面積を記録した2012年よりやや多い海氷量に相当。画像7(右):カナダ海盆南部(左図の青ラインで定義)で領域平均した11月の沈降粒子量。200m深ではIce2.0ケースに比べて、Ice0.5ケースで2倍に増えており、最近20年間で同程度の変化があったことが推察される (C)JAMSTEC

まず、栄養塩が比較的豊富に存在するチャクチ陸棚域では、海氷で覆われる時期が短くなることで植物プランクトンの生産が促進される。また、海水の流れを抑える蓋の役割を果たしていた海氷が減少すると、海洋表層の海流や渦などの海水の動きが強化されるとした。その結果、陸棚域の栄養塩の豊富な海水が渦により海盆域に多く運ばれ、陸棚水の経路上では魚類等のエサとなる動・植物プランクトンの生息環境が向上する。それに伴って、生物由来粒子の海洋深層への沈降も増えると考えられる(画像8)。これは北極海における「生物ポンプ」の活発化も意味するという。

画像8。海氷減少に対する海洋生態系の応答を示した模式図 (C)JAMSTEC

北極海のNAPおよびカナダ海盆南部において、魚類のエサとなる動・植物プランクトンの生息環境が海氷の減少に伴って向上していることが今回の研究で明らかになった。このことは、将来的には北極海盆域が水産資源を産み出すポテンシャルを有することを示唆すると共に、今後の地球温暖化研究において北極海の役割が見直される可能性も示しているとする。

今後も当海域における時系列観測の継続、数値モデルのさらなる改良、幅広い分野の研究者との連携など、多方面からの研究を進めていくことで、低次生産者であるプランクトンから高次の魚類や海生ほ乳類を含む北極海洋生態系の全体的な変動について、より詳細なプロセスが明らかになっていくことが期待されるとした。



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