基礎生物学研究所(NIBB)は5月2日、英・ケンブリッジ大学、京都大学、神戸大学、理化学研究所、東北大学との共同研究により、マウスをモデルとして、これまで確認されていなかった精巣の中の"生きた"「精子幹細胞」の未知の性質を突き止めたと発表した。

成果は、NIBBの原健士朗 助教、同・吉田松生 教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月2日付けで米科学誌「Cell Stem Cell」に掲載された。

父親から子へと遺伝情報を伝える重要な細胞である精子は、精子幹細胞を元として作られる。つまり精子幹細胞が枯渇してしまうと雄性の不妊の原因となってしまうわけで、精子幹細胞の実体を明らかにすることは、基礎生物学ならびに医学の見地から重要な課題というわけだ。

精子になる前の未分化な「精原細胞」は、1つ1つの細胞がバラバラに分かれた「As細胞」と、2つ以上の細胞がつながった「合胞体」という異なるタイプの細胞種に分類される。精子幹細胞に関しては、1971年に提唱されて以来、ずっとAs細胞であり続けるという考えが広く支持されてきた(画像1)。その内容は、1つ1つバラバラになっているAs細胞のみが精子幹細胞で、合胞体になると幹細胞の能力が失われ、As細胞からAs細胞が生み出されることで、精子幹細胞はずっとAs細胞で在り続けるというものである。

この定説は固定標本の観察に基づいて、精子幹細胞の性質を推定したものだ。実際に検証するには生きた状態のAs細胞や合胞体を解析する必要があるのだがそれは1970年代ではもちろんのこと、最近になっても技術的に困難だった。

画像1。1971年にHuckins博士とOakberg博士によって提唱された古典的Asモデル

それが近年になり、研究チームが緑色蛍光タンパク質を利用する「精巣ライブイメージング法」を開発。これにより、マウスの精巣内において生きた精原細胞の観察が可能となったのである。しかし、それでも実際に精子幹細胞として機能する、最も未分化な精原細胞の観察には成功していなかった。そこで研究チームは今回、独自技術にさらなる改良を加え、精巣内の生きたAs細胞と合胞体の振る舞いを観察し、精子幹細胞の性質に関する再確認を行い、定説のAsモデルとは異なる精子幹細胞の性質を明らかにしたのである(画像2)。

画像2。今回の研究で提唱された新モデル。As細胞と合胞体が共に区別なく幹細胞として働き、お互いの状態を繰り返し行き来する

今回の研究で研究チームは最初に蛍光標識した精原細胞を数日間観察。その結果、As細胞が細胞分裂する時に、ほぼすべての場合に合胞体となることが発見された(画像3)。その一方で、合胞体は細胞分裂に匹敵するくらいの高い頻度でバラバラに断片化して、新たなAs細胞が生まれることも確認されたのである(画像4)。

画像3(左):As細胞が細胞分裂して2つの細胞がつながったままの合胞体になる様子。画像4(右):合胞体(白矢頭)がバラバラに断片化して、As細胞(赤矢頭)が生まれる様子

次に研究チームは、延べ8000時間を超えるというライブイメージング映像から精原細胞の挙動をピックアップ。すると、As細胞と合胞体は、細胞分裂と断片化によってお互いの状態を行き来していることが示されたのである。さらに、数理モデル解析により、1年以上続くマウス精子形成は、ライブイメージングで観察された「As細胞と合胞体の細胞分裂と断片か」の繰り返しによって支えられていることも強く示唆されたという次第だ。

これにより、画像2にあるとおりの、「精子幹細胞は、タイプの異なるAs細胞と合胞体がお互いの状態を繰り返し行き来しながら、どちらも区別なく幹細胞として機能する」という新説が提唱されたのである。

研究チームは今回の成果に対し、それを基盤として、今後、ヒトを初めとするほかのほ乳類動物の精子幹細胞の実体が解明され、将来的に男性不妊の原因究明や治療薬開発などに貢献することが期待されるとした。