理化学研究所(理研)とカネカは3月29日、植物の中でも樹木の細胞壁に多く含まれる高分子量の芳香族化合物「リグニン」の分解物を微生物に与えることで、バイオプラスチックの1種で、多くの微生物がエネルギー貯蔵物質として体内に蓄えるポリエステルである「ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)」の合成に成功したと共同で発表した。

成果は、理研 環境資源科学研究センター バイオマス工学連携部門 酵素研究チームの富澤哲特別研究員、同・沼田圭司チームリーダと、カネカ GP事業開発部の松本圭司将来技術グループリーダーらの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間3月29日付けで米化学会発行の科学誌「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」オンライン版に掲載され、後ほど印刷版にも掲載される予定だ。

環境循環型社会へと転換を図るためにには化石資源を代替できる技術をあらゆる分野で早急に確立する必要があるが、太陽電池をはじめとする各種代替えエネルギー生産技術が実用化されているエネルギー分野に比べ、材料分野は石油由来プラスチックの代替材料がいまだ確立されておらず、立ち後れた状況となっている。しかし、研究開発そのものが進んでいないわけではなく、バイオプラスチックは代替材料の有力候補の1つとして注目されているのはご存じの通りだ。そうした製品化されたバイオプラスチックの1つが、「ポリ乳酸」である。

生物由来の資源(バイオマス)を主原料とするバイオプラスチックは、これまで、大気中の二酸化炭素の量を総体的には増加させない「カーボンニュートラル」という観点が強調されてきたが、実用化に向けていくつかの課題があった。その1つが、食料系バイオマスを原料としてバイオプラスチックを生産することによる食糧問題の悪化だ。その問題は、食料生産と競合しない非可食かつ未利用のバイオマスを原料とすれば回避できる。

リグニンは未利用の植物性バイオマスとして知られており、樹木の細胞壁に多く存在し、芳香族化合物からなる高分子量化合物だ。リグニンの構成成分である「p-クマル酸」、「カフェ酸」、「フェルラ酸」、「シナピン酸」などの「リグニン誘導体」(これらがネットワークを形成することでリグニンが形成される)は「スフィンゴモナス」属や「シュードモナス」属の微生物細胞内で「芳香族カルボン酸」を経て、「ピルビン酸」や「オキサロ酢酸」、「コハク酸」に変換されることが知られている。

さらに、ピルビン酸から誘導される「アセチル-コエンザイムA」は、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の前駆体の1つだ。これは、微生物を利用してリグニン誘導体を原料としたPHAの生産が理論上可能であることを示唆しているという。今回の研究では未利用バイオマスの代表格であるリグニンを原料とし、PHAというバイオプラスチックを微生物合成することが目標とされた。

研究チームは、まずPHAを効率よく合成する微生物を探すため、11種類の微生物を前述した4種類のリグニン誘導体と、芳香族カルボン酸(「バニリン酸」、「4-ヒドロキシ安息香酸(4-HBA)」、「2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5-DHBA)」、「3,4-ジヒドロキシ安息香酸(3,4-DHBA)」、「シリンガ酸」、「3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸(3,4,5-THBA)」)が単一炭素源として含まれる無機塩培地で培養し、それぞれの微生物の増殖の評価が行われた。その結果、芳香族カルボン酸の1つである4-HBAの存在下でPHAの生産株として有名な「ラルストニア・ユートロファH16」(R.ユートロファ H16)が比較的良好な増殖を示したのである。

続いて、R.ユートロファ H16のPHA合成能力を検討するために、その増殖、PHAの蓄積量、および合成されたPHAの化学構造の解析が実施された。R.ユートロファ H16の培養方法は、最初から無機塩培地で培養する1段階培養、およびR.ユートロファ H16を成長しやすい富栄養培地で増殖させた後に、無機塩培地へ培地を変え培養する2段階培養の2種類で行われた形だ

その結果、R.ユートロファ H16の乾燥菌重量は0.69g/Lであり、PHAを63wt%蓄積することが判明(画像1~3)。2段階培養では、2,5-DHBAと3,4-DHBAを炭素源とした場合にPHAの蓄積が確認でき、PHA蓄積率は26wt%と13wt%だった。精製後に得られたPHAは、糖や植物油を原料として合成したPHAに比べ、分子量がやや低いものの、フィルムなどのプラスチック製品として利用可能な物性が示されたのである。

リグニン誘導体を炭素源とし、PHAを蓄積したR.ユートロファの顕微鏡写真。画像1(左):ナイルレッド染色により赤く見えているのが、蓄積したPHA。画像2(中):形状像。画像3(右):画像1と2の重ね合わせ像。微生物内にPHAが蓄積されていることが確認可能だ

得られた結果を代謝経路と併せて考察した結果(画像4)、R.ユートロファ H16では、リグニン誘導体から芳香族カルボン酸に変換する経路(画像4注の赤点線矢印)がリグニン誘導体をPHAへと変換する際のボトルネックであることが明らかとなり、代謝経路を改変することにより、PHAの生産性をさらに改善できることが示されたという。

画像4。リグニンからリグニン誘導体を経てPHAが合成される際に予想される代謝経路

今後は、未利用バイオマスであるリグニンを、バイオプラスチックの生産という形だけでなく、幅広いバイオリファイナリー技術と融合することにより、幅広い物質生産へと利用することが求められるとする。また、リグニンは植物から得られるバイオマス資源の中で、唯一芳香族を有する化合物であり、有効利用が期待されているとした。

また今回の研究では、リグニンが有する芳香環を開環することで利用しているが、開環反応を経由せず芳香族化合物として利用することが望まれるという。一方で、リグニンの分解物を利用するのではなく、非常に高分子量のリグニンを分解すると共に物質生産を行う新しいタイプの微生物も必要になるとした。研究チームは今後、リグニン分解とバイオプラスチックの合成を同時に進める新たな微生物反応系の構築を目指すとしている。