岡山大学(岡山大)、兵庫県立大学、理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)の4者は3月27日、理研が所有しJASRIが運用する大型放射光施設「SPring-8」のビームライン「BL35XU」の「非弾性X線散乱装置」を用いて、地球マントル最深部に存在する物質である「Cmcm-CaIrO3」と「Pbnm-CaIrO3」の結晶弾性測定に成功したと共同で発表した。

成果は、岡山大 地球物質科学研究センター(地球研)の米田明准教授、兵庫県立大理学部の福井宏之助教、理研のアルフレッド・バロン准主任研究員、JASRIの筒井智嗣副主幹研究員らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、3月27日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

地球の内部構造は地震波を使って調べられているのはご存じの方も多いことだろう。そうして判明した地球の内部構造をまとめた概略図が画像1だ。その中の深度2700~2900kmに、液体鉄合金の外核に接する下部マントルの最下層に「D"(ディーダブルプライム)」と呼ばれる層があるのが見て取れるはずである。

画像1。地球内部構造の概略。東京工業大学ほかによるプレスリリースから転載

D"層は上下の層と比較して、地震波速度の地域性や異方性(波の伝搬方向や振動方向によって地震波速度が異なること)が大きく、謎の層として関心が持たれていたが、2004年になって東京工業大学と理研により、D"層上面の地震波速度不連続面が下部マントルの主要鉱物である「MgSiO3(ケイ酸マグネシウム)ペロブスカイト」が「MgSiO3ポストペロブスカイト」に相転移する境界面であることが突き止められたことで大きく伸展した。その時の成果は、固体地球科学における現時点での21世紀最大の成果といえるものだという。

しかし、試料となるMgSiO3ポストペロブスカイトが常温常圧では不安定で分解してしまうため、その結晶弾性の測定ができていなかった。その結果、D"層で特徴的に観測される地震波速度構造の地域性や異方性を解釈することが不可能だったのである。

そこで研究チームは今回、MgSiO3ポストペロブスカイトの同じ結晶構造の物質であるCmcm-CaIrO3と、同じ組成でペロブスカイト構造を持つ結晶弾性を透過力の高い非弾性X線散乱法を用いた測定を実施することにしたというわけだ。なおペロブスカイトとは灰チタン石のことで、それと同じ結晶構造のことをペロブスカイト構造という。またCmcm-CaIrO3とPbnm-CaIrO3の単結晶合成については、地球研に蓄積されている単結晶合成のノウハウが応用された。画像2・3が今回合成された単結晶である。

画像2測定に使用された結晶試料。画像2(左)の電子顕微鏡写真がCmcm-CaIrO3、画像3(右)の光学顕微鏡写真がPbnm-CaIrO3

鉱物物理学分野において微小結晶の弾性は、レーザー光を使う「ブリリュアン散乱法」で測定されてきたが、今回の試料は共に黒色不透明であるために同法は適用できず、そこで不透明試料でも測定可能な「非弾性X線散乱法」が用いられることとなった。

ブリリュアン散乱法も非弾性X線散乱法もフォノン(試料内の格子振動の音子)とフォトン(光子)の相互作用を測定する点では同じだが、使うフォトンのエネルギーが異なる。SPring-8のBL35XUでは12個の「散乱光受光素子」が並列に設置されており、1回の測定で12個のデータを能率的に取得することが可能だ。世界最高水準の性能を持ち、20μm程度の微小単結晶試料でも測定することができる。

今回の測定では、入射X線に対し試料の方向を変えた測定が何回か実施され、100個程度のデータが取得された。このデータに対し「最小2乗法」により結晶弾性が決定されたというわけだ。画像4・5は、得られた結晶弾性から計算された弾性波速度の方位分布がステレオ図で示されている。画像6はCmcm-CaIrO3のa-b、b-c、c-a平面内の音速変化が示されたものだ。a-b平面とc-a平面内における2つのS波速度の大小関係がまったく異なるのが見て取れる。この特徴の違いから、地震波で検出されたD"層の地域性をMgSiO3ペロブスカイトの選択配向における様式の違いで説明することに成功したという具合だ(画像7)。

画像4(左)がCmcm-CaIrO3の、画像5(右)がPbnm-CaIrO3の弾性波速度のステレオプロット。それぞれ左はP波速度、中央はS波平均速度、右は2つのS波速度差だ。単位はm/s

画像6(左):Cmcm-CaIrO3の弾性波速度図。黒線は今回の結果に基づくもの、青線は理論計算結果に基づくものである。理論計算は、T.Tsuchiya氏およびJ.Tsuchiya氏による2007年の米物理学会発行の学術誌「Physical Review B」に計算された論文によるもの。画像7(右):今回の研究結果に基づくD"層地域性の起源についての考察がまとめられたもの。太平洋縁辺部ではc軸が、太平洋中心部ではb軸が鉛直方向に卓越すると結論付けられた形だ

研究チームの今後の予定としては、今回の成果により、非弾性X線散乱法により不透明試料の結晶弾性が精度よく決定できることが確認できたことから、今後はブリリュアン散乱法では不可能な金属試料の結晶弾性測定も実施していくという。また地球の核は金属鉄でできているので、金属試料の測定は固体地球科学においても重要だとしている。

一方、今回の測定はあくまでMgSiO3ペロブスカイト結晶と同じ構造を持つ結晶での測定なのも事実だ。真の目標は、D"層の温度圧力条件下(絶対温度3000K・圧力120GPa)でのMgSiO3ペロブスカイト結晶弾性そのものをその場測定することだという。物理的に大変困難な課題だが、高圧地球科学コミュニティにおける主要課題の1つとして取り組んでいくとしている。