北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)と名古屋大学は3月25日、燃料電池材料の心臓部にあたる水素イオン交換膜の水素イオン伝導性をポリマーの配向性を利用することで高性能化することに成功したと発表した。

同成果は、JAIST マテリアルサイエンス研究科の長尾祐樹准教授、名古屋大学 ベンチャービジネスラボラトリー(工学研究科)の永野修作准教授らによるもの。詳細は、英国王立化学会(RSC)の「Journal of Materials Chemistry A」に掲載される予定。

燃料電池の多くの材料は、高性能化や低コスト化に向けた開発が喫緊の課題となっている。水素-酸素型燃料電池やメタノール形燃料電池といった固体高分子形燃料電池の要となる水素イオン交換膜においても、これまで多くの材料が試されてきた。現在、燃料電池に広く利用されている水素イオン交換膜は、Nafionという材料が用いられているが、その構造は、水を弾く疎水性部分の中に、水と親和性が高い強酸性の親水性部分が埋まっていると考えられている。この2つの部分の組み合わせや量の比率を調整して解決する研究が行われてきたが、合成が複雑になるため、製造コストなどを踏まえると、新しい材料が必要されている。

研究グループでは、ポリマーの分子配向を揃えることで水素イオン伝導性を向上させる新しい開発アプローチを示してきたが、Nafionを配向させるのが難しく、伝導性を高めることができなかった。そこで今回、より配向しやすい材料であるポリイミドに着目した結果、ポリイミドが配向構造を有した状態の場合、水分子を取り込むことで水素イオン伝導性が増大し、Nafionの水素イオン伝導性を超えることを見出すことができたという。

今回開発したポリイミド材料は、強酸性のスルホン酸基が側鎖に付いたスルホン化ポリイミドというもの。特徴は、剛直な主鎖構造や豊富な分子間相互作用、高い化学的安定性などが挙げられるという。配向膜の作製は、石英基板上にスピンコート法により成膜するだけでできる。得られた薄膜の電気伝導特性(室温)を調べると、Nafion膜よりも5倍高い2.6×10-1Scm-1であることを見出したという。また、微小角入射X線小角散乱により、この配向膜はライオトロピック液晶性を有すること、水とポリマーの層が層状にサンドイッチ構造になったラメラ構造を有することが分かった。さらに、湿度を上げていくと、配向膜の状態のまま層間に水分子を取り込むこと、水素イオンが流れる道が広がっていくことも解明した。それに伴い、水素イオン伝導性が向上していると考えられるとしている。

今回、ポリイミド材料に展開することで、Nafion膜よりも高い水素イオン伝導性を得ることができた。そのポイントの1つとして、Nafionはアモルファス(無定形物質)であるのに対し、ポリイミドは結晶性(規則的な構造)を有することが挙げられるという。そのため、分子の形成するナノ構造と水素イオン輸送の明確な相関について知ることができるようになった。これにより、従来以上に水素イオンの輸送機構に関して重要な知見を得ることができるようになり、材料設計指針へのフィードバックがしやすくなる。このように、ポリマーの配向性、具体的には水素イオンが流れる道のナノ構造を制御することが、水素イオン伝導性向上のために有用であることを示すことができたことが大きいとコメントしている。今後、今回の成果を応用することで、高効率・低コストな水素イオン交換膜の作成など、燃料電池などへの応用展開が期待されるとしている。

今回配向膜に用いたスルホン化ポリイミド

粉を圧縮成型したランダム配向のペレット状サンプル(黒)と、配向構造を有するサンプル(赤)の水素イオン伝導率の湿度依存性。縦軸は対数表示の水素イオン伝導率で上に行くほどより高い値。横軸は湿度。温度は室温。高湿度下では黒のサンプルは伝導率が低下してしまうが、赤の配向膜のサンプルは増加し続け、高い伝導率を示すことがわかる。湿度95%における伝導率は2.6×10-1Scm-1であり、既存材料のNafionの5倍高い伝導率を記録した