アメリカの大手紙「USAトゥデイ」は羽生結弦選手の跳躍力に対して、絶妙な表現をした(画像はイメージ)

ソチ五輪のフィギュアスケート男子シングルで日本人初の金メダルを獲得した羽生結弦選手。19歳の青年がなしとげた歴史的快挙は、国内のテレビ番組やニュースで何度も放映されるなど、大きな反響を呼んだ。ただ、海外ではどのように報道されたのだろうか。「ニューヨーク・タイムズ」「ガーディアン」の次は、アメリカの大手大衆紙「USAトゥデイ」の記事に焦点を絞る。

「五輪の歴史で忘れがたい演技ではない」

USAトゥデイは2月15日付けの記事において「Japan's Hanyu persevered through tragedy to win gold」とのタイトルで、羽生選手の金メダル獲得を報じている。記事内では東日本大震災が羽生選手に与えた影響やブライアン・オーサーコーチ、ライバルのパトリック・チャン選手(カナダ)との関係などが記載されている。

冒頭はニューヨーク・タイムズ同様、羽生選手が被災したことやトリノ五輪の金メダリスト・荒川静香さんや仙台市民らが羽生選手に献身的なサポートをしたことを紹介している。ソチ五輪での男子フリーの演技についても言及。2度のジャンプミスがあった19歳の演技を「五輪の歴史の中で忘れがたいものにはならない」と表現し、羽生選手自身も演技に関して納得していないことを伝えている。

「カンガルー以上のジャンプ」に師が「優雅さ」をプラス

中盤はブライアン・オーサーコーチとの関係が紹介されている。被災した地元・仙台のリンクが使えなくなった羽生選手は、横浜へと拠点を移し、アイスショーで演技をみがいた。そして震災から約1年後、ブライアンコーチに指導を仰ぐべく、カナダ・トロントへと移り住んだこと、その決断は羽生選手にとっては非常につらいもので、「本当は仙台にとどまりたかった」と吐露したことなどが明かされている。

ただ、その選択は結果として正解だったようだ。記事では「ほとんどのカンガルーよりも優れた跳躍力」を持っていた羽生選手が、ブライアンコーチの指導の下、五輪王者に必要な「優雅さ」と「質の高いパフォーマンス」を養うことができたと紹介している。すなわち、カンガルージャンプに芸術性がプラスされたことが、五輪での勝利につながったということだ。

11.92から2.29までへの"成長"

実際、羽生選手の「プログラム・コンポーネンツ・スコア(演技構成点)」(芸術面を表す点数)は向上していたのだろうか。

ブライアンコーチに指導してもらう以前の2012年3月の世界選手権では、ショートプログラム(SP)とフリーの演技構成点は計121.39。一方、ライバルのチャン選手は133.31と実に11.92ポイントも水をあけられていた。それが五輪直前の昨年12月のグランプリファイナルでは137.7(羽生選手)対140.16(チャン選手)と、その差は2.46まで縮まっている。

そしてソチ五輪だ。男子シングルのSP史上最高スコアの101.45をたたき出したときの演技構成点は46.61。SPに参加した29人中、チャン選手の47.18に次ぐ2位の高スコアだった。金メダルを確定させたフリーでは90.98で、チャン選手(92.70)、高橋大輔選手(91.00)に次いで全体で3位だった。トータルは137.59(羽生選手)対139.88(チャン選手)で、2.29ポイントのマイナスにとどまる。

もちろん、ブライアンコーチの指導のみによって羽生選手の演技構成点が上がったとは一概に言えない。ただ、結果として演技構成点でチャン選手へのビハインドを少なくできたことが、羽生選手の金メダルに寄与した部分はあるといえそうだ。

そして記事の最後は、自分の支えてくれたすべての人に対する羽生選手の感謝の気持ちが集約された「私はただの一人の金メダリストだが、私一人の力でここに立てているとは思わない」とのコメントで締めくくられている。

電子版の記事には、快挙から1か月たった現在、フェイスブックで500以上のシェアがされている。その両肩に支えきれないほどの悲しみ背負った中で金メダルを獲得した異国の19歳の姿に、多くのアメリカ人も共感したようだ。