国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は3月13日、マウスにおいて、食餌に含まれる多価不飽和脂肪酸(PUFA)の摂取バランスが、恐怖体験に基づいて形成される記憶の強さをコントロールすることを見出し、さらにその脳内メカニズムを明らかにしたと発表した。

同成果は、NCNP神経研究所 疾病研究第四部の関口正幸室長、山田大輔研究員、日本水産 中央研究所の竹尾仁良主任研究員らによるもの。米国精神・神経薬理学学会誌「Neuropsychopharmacology」オンライン版に掲載された。

多価不飽和脂肪酸(PUFA)は脳の発達や機能にかかわる重要な物質で、大きく分類すると、イワシやサバといった青魚に多く含まれるDHAをはじめとする「オメガ3系」とマーガリンや豚レバーなどに多く含まれる「オメガ6系」の2種類に分けられる。「オメガ3系」は脳が正常に働くために必要な栄養素であり、豊富に摂取すると弱いながらも高齢者の認知機能低下を改善するなどの効果が報告されているが、その作用がどのような脳内メカニズムによって実現されているのかについては明らかになっておらず、また「オメガ6系」との関連についてもよくわかっていなかった。

そこで研究グループは今回、その関係性を調べるため、オメガ3系と6系をさまざまな比率(3/6比)で含む数種類のエサを作製し、それぞれの餌を与えてマウスを6週間飼育。その後、行動実験手法である「文脈性恐怖条件づけ試験」を用いて、マウスが示す恐怖記憶の強さを調べたという。

その結果、マウスにオメガ3系を豊富に含む食餌を習慣的に食べさせると、脳内に含まれるオメガ3系の量が増加し、恐怖体験について思い出したときの怖いという感覚(恐怖記憶)が弱まることを確認したという。また、オメガ3系を豊富に摂取しても、オメガ6系を同時に多量に摂取したマウスでは恐怖記憶は弱まらないことも確認したという。

脳内のオメガ3系が多く、オメガ6 系が少ないマウスほど、恐怖の程度が低い。値は平均値±標準誤差、それぞれの点で6匹のマウスについてのデータが解析された

この結果について研究グループは、恐怖記憶を弱めるためには単にオメガ3系をたくさん食べるだけでなく、オメガ6系の摂取量を抑える必要があることを示すものであり、摂取するオメガ3系とオメガ6系のバランスが恐怖記憶を調節する鍵であることを示すものだとしており、恐怖記憶が弱まったマウスの脳内で何が起きているかのさらなる調査を実施した。

具体的には、恐怖記憶の形成や想起には、脳の「扁桃体」の活動が重要であることが知られていることから、扁桃体神経細胞の電気的活動を調査。その結果、恐怖記憶が弱まったマウスでは、扁桃体神経細胞の興奮を抑制する「カンナビノイドCB1受容体」の働きが強まっていることが判明。実際に、恐怖記憶が弱まったマウスにカンナビノイドCB1受容体の作用を阻害する薬剤を投与したところ、恐怖記憶の弱まりは消失することが確認されたとする。

オメガ3/6系脂肪酸の比率が高い食餌を摂取することで、恐怖記憶が抑制されるメカニズム

オメガ3系PUFAは経口摂取後、脳の神経細胞膜にその構成脂肪酸として取り込まれ、膜の流動性を高め、結果として細胞膜中に存在するコレステロールを膜から追い出す作用を持つことが知られている。この作用は、特にオメガ3系のDHAで強いことが知られている。

膜にあるコレステロールはCB1受容体に結合して、その働きを弱める作用を持つことが知られているため、3/6 比が高い餌を食べたマウス(恐怖記憶は低い)では、扁桃体神経細胞膜中のコレステロールが減少し、結果的にCB1受容体の働きが高まっている可能性が考えられるという。

3/6比が高い餌を食べるとカンナビノイドの作用が強まるメカニズム

研究グループが実際に、コレステロールを膜から追い出す作用がある別の薬剤を作用させたところ、3/6比が低い餌を食べたマウス(恐怖記憶は高い)の扁桃体神経細胞であってもCB1受容体の働きが強まることが確認されたとしている。

なお、研究グループでは今回の結果について、食習慣を適切にコントロールすることで恐怖記憶をコントロールできる可能性が示されたとしており、今後、臨床検討が進むことで、不安症の予防などへの応用がが期待できるとするほか、同じような恐怖体験をしても、その体験の感覚を長く覚えている人とそうでもない人といった個人差がどうして生まれるのか、といった物質的基盤の理解につながる可能性もあると説明している。があ ります