慶應義塾大学(慶応大)と理化学研究所(理研)は3月6日、大阪大学との共同研究により、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)を用いた非結晶粒子・分子の構造解析に有効な「コヒーレントX線回折イメージング(CXDI:Coherent X-ray Diffraction Imaging)」法の実験データを高効率で解析するソフトウェア「四天王」を独自に考案・開発し、その実用化に成功したと共同で発表した。

成果は、慶応大大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 物理学専修・修士課程2年の関口優希氏(理研 放射光科学総合研究センター ビームライン基盤研究部研修生)、同・大学物理学科の苙口友隆 助教(同・客員研究員)、中迫雅由教授(同・客員主管研究員)らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、科学誌「Journal of Synchrotron Radiation」オンライン版で近日中に掲載される予定だ。

2012年3月、非常に強力なX線を供給するX線自由電子レーザー施設「SACLA(SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser:サクラ)」の共用が開始され、さまざまな基礎・応用科学分野での利用が始まった。SACLAは、理研と高輝度光科学研究センター(JASRI)が共同で建設した日本で初めてのXFEL施設で、2009年12月に稼働を開始した米SLAC国立加速器研究所(旧・スタンフォード線形加速器センター)のXFEL施設「LCLS(Linac Coherent Light Source)」に次いで世界でも2番目の施設だ。

その略称にあるように、理研が所有しJASRIが運用する播磨科学公園都市の大型放射光施設「SPring-8」と同じ敷地内にある。LCLSなどと比べて数分の1というコンパクトな施設の規模にも関わらず、0.1nm以下という世界最短波長クラスのレーザーの生成能力を有するのが大きな武器だ。

SACLAが解明すべき重要な課題の1つとして、生命科学や材料科学分野において発見あるいは創生されてきたものの中で結晶化が極めて困難な粒子や分子、すなわち非結晶粒子・分子をターゲットとした構造解析が挙げられている。XFELを用いた非結晶粒子・分子の構造解析で、CXDIが有効なのは冒頭で述べた通りだ。

CXDIは、干渉性の優れた、また位相のそろった波と表現される、つまりコヒーレントなX線を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用するイメージング手法のことだ。コヒーレントX線回折パターンは、試料の原子レベルでの構造の違いにも敏感であり、これを利用して試料構造を可視化することが可能である。

研究チームが実験での非結晶粒子試料へのXFELパルス照射方法として考案したのが、試料粒子を高数密度で散布包埋し、パルスに合わせて試料を動かすことで、十分なX線照射確率を確保しながら信号雑音比が良好な回折パターンを得るというものだ。それを基に実際に設計・製作されたのが低温試料固定照射装置「壽壱号(ことぶきいちごう)」で、2013年3月までに高効率な非結晶粒子のCXDI実験が行われてきた。

壽壱号を用いたCXDI実験のスキームの模式図が画像1だ。ピンホール試料板などに張り付けた炭素薄膜や炭素蒸着窒化シリコン膜あるいは水薄膜に湿度制御環境下で試料粒子を展開し、余剰な水や溶媒を除去後に液体エタンで急速凍結。そして試料用板は液体窒素中で専用ホルダーに固定され、結露および昇温防止キャリアーによって照射装置の低温試料ステージに搬送される。集光されたX線パルス(X線光子密度1010-11/μm2/10fsパルス)が照射された試料は、X線回折後にクーロン爆発を起こして原子レベルで破壊されるが、高濃度散布試料をスキャンすることで、照射位置には常に新しい試料粒子が供給される仕組みだ。

画像1。壽壱号を用いたXFEL-CXDI実験の模式図

壽壱号には、検出器系全体のダイナミックレンジ確保のため、試料から1.6m下流に7-210nm分解能の回折パターンを記録する「マルチポートCCD(MPCCD)-Octal検出器」を、3.2mに80-500nmを記録する「MPCCD-Dual検出器」が接続されている。また、試料のX線散乱能に応じて減衰板を挿入し、Dual検出器へ到達する回折X線強度を調節する仕組みだ。試料直上流のスリット開口を最適化し、2×2mm2のビームストップをDual検出器前に置くと小角分解能約500nmまで回折パターンを記録できるのである(画像2)。

画像2。壽壱号と2台の検出器

これらの検出器により、現在、数日間のビームタイムで数万枚の回折パターンが得られ、試料粒子にX線パルスがヒットする確率は粒子散布密度にもよるが20~100%となっている。このように膨大な量の回折パターンは、もはや人の手を介して処理できるものではないという。

また、貴重で短いビームタイムでは実験中にさまざまな判断に迫られるので、その場でのデータ解析が不可欠だ。そのため、2台のMPCCD検出器から得られる膨大量の回折パターンを高速かつ自動で処理すべく、FORTRAN90言語で書かれた5万行にも及ぶデータ処理ソフトウェア「四天王」が開発された。このソフトウェアは、高計算コストのルーチンが並列化された4つのサブプログラムから構成され、それらが連携して、XFEL-CXDIでの実験装置の配置や特性を理解しながら、得られた回折パターンの自動高速処理を行う。手順は以下の通りだ。

  1. サブプログラム「多聞天」が、あらかじめ各試料の測定前に得た検出器の暗電流強度(ノイズ)を各回折パターンから引き去り、十分な小角強度を持つものをヒットパターンとして抽出する。
  2. ビームタイムの最初に測定する立方体形状酸化銅単粒子の回折パターンを関数近似することで、サブプログラム「持国天」が各検出器でのビーム中心位置や検出器の相対回転角を決定。さらに、回折角の小さな領域で成り立つ回折パターンの中心対称性を利用して、先に決定した検出器中心付近で、ショット毎に微小に搖動するビームの位置を精密化する。
  3. 決定した2台の検出器からの回折パターンの中心位置や相対角度を用いて、サブプログラム「広目天」が、2つの検出器で記録した回折パターンを1つに統合。
  4. 「増長天」は、統合パターンに簡単な画像処理を施した後、位相回復アルゴリズムを用いて、回折パターンから粒子のX線入射方向への投影電子密度像を回復するという具合だ(画像3)。

画像3。四天王によるXFEL-CXDIデータの処理

ちなみに多聞天、持国天、広目天、増長天は仏教の神様のことで、四方を護る守護神の役目を負って仏堂に像が建てられていることが多い。もともとはインド神話の神様である。これらのソフトウェアが整備されたことにより、ラスタースキャン測定終了後ただちに、像回復までの処理を自動で行えるようになったという。SACLAに設置されたスーパーコンピュータ上では回折パターン1000枚/15分で位相回復までの処理が可能だ。

2013年12月以降は入力パラメータなどを極力減じたGUIによって運用されており、実験後にその場で提供される処理結果の統計や位相回復画像は、実験中の試料作成へのフィードバックや測定方針の決定を十分に支援できるものとなっているとした。

処理結果や位相回復画像へのアクセスが容易であることから、さまざまな試料のXFEL-CXDI実験で利用されており、例えば、Pring-8でのCXDI測定と比べて短時間に膨大な回折パターンが収集可能なことから、サブミクロンサイズの粒子個々の内部組織を30-10nmの分解能で可視化しながら、粒子サイズ分布も明らかにするという複合的な構造解析が可能になり、実際にこれらのソフトウェアはすでにそのような実験でのデータ選別に利用されているという。

具体例を挙げると、特定条件下で作成した金属サブミクロン粒子からの1万枚を越える回折パターンから十分な強度を持つものを抽出して、粒子のサイズ分布と個々の粒子の投影電子密度を同時に得るという、従来の動的光散乱、レーザー回折や電子顕微鏡では困難であった材料粒子の評価に貢献しているとした。

今後、大量に得られる回折パターンからの3次元構造解析を目指すとし、その解析にはスーパーコンピュータ「京」から派生した計算機を用いることになっているという。純国産の壽壱号と四天王を用いた非結晶粒子のXFEL-CXDI構造研究は、日本が誇る国家基幹技術であるSACLAと京の機動的・戦略的連携を促進する、1つの方向性を示す事例になることも期待されるとした。