京都大学は3月3日、2つのことを同時にしようとした時、それらが干渉しあってエラーの増加や反応時間の延長が生じる仕組みを、サルを用いた脳の「前頭連合野」の神経活動記録による研究で明らかにしたと発表した。

成果は、京大 こころの未来研究センターの船橋新太郎教授、同・渡邉慶研究員(現・オックスフォード大学研究員)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間3月3日付けで英科学誌「Nature Neuroscience」オンライン版に掲載された。

例えば、人通りの多い商店街を、助手席にいる友人と話をしながら車で通り抜けようとした時、運転者は対向車や通りを歩いている人、自転車に乗っている人などに注意を払って事故を起こさないように運転するという課題と、友達の話を聞いて理解しそれに対して的確に答えるという課題とを、同時にしなければならない。

このような場面において、ブレーキを踏むのが遅れて事故を起こしかけたり、問いかけに答えられなかったりすることがしばしば起こることは、誰もが経験したことがあるだろう。ほかにもゲームや読書、テレビ番組の視聴などで夢中になっている人に話しかけても、生返事しかしてもらえなかったり無視されてしまったりなどということはよくあるはずだ。

このように、2つの課題を同時に行おうとすると、エラーが増えたり、反応時間が長くなったりしてしまう。このような現象は「二重課題干渉」と呼ばれる。実際に誰もが体験していることからわかるように、二重課題干渉はヒトでよく知られた身近な現象だ。

その理由として、「注意」、「記憶」、「思考」など、いわゆる認知機能を実行するために使われる脳の限られたリソースを、2つの課題が取り合うために起こると説明されることが多い。しかし、実際にはその具体的な仕組みは明らかになってはいない。

ヒトを対象にしたこれまでの脳機能イメージング研究で、二重課題干渉は前頭連合野の外側部の働きと関係のあることは明らかにされているが、この時に前頭連合野の外側部でどのようなことが起こっているのかそのものは、今のところわかっていない状況だ。

サルに視覚刺激が現れた場所の記憶を行わせると、記憶の必要な期間、前頭連合野の神経細胞(画像1)が持続的に活動するが、その活動は記憶関連活動として知られている(画像2)。この記憶関連活動の特徴(記憶しなければならない場所に関する選択的な活動)を利用して、長年にわたってニホンザルを用いて研究を続けている船橋教授らは、この二重課題干渉の起こる仕組みの解明もサルを使って試みることにした。

画像1(左):ニホンザルの脳と前頭連合野。画像2(右):眼球運動を利用した記憶課題(遅延反応課題)と前頭連合野で見出される記憶関連活動の例

今回の研究では、サルに視覚刺激が現れた場所を記憶させると同時に、別の場所に対する注意の維持を行わせるという手法を採用。その結果、サルでも二重課題干渉(=記憶の成績の低下)が観察されることが確認されたという。その後、この干渉に関わると考えられている前頭連合野外側部の神経活動のより詳しい分析が行われた。

具体的に研究チームは、まず2頭のニホンザルに記憶課題と注意課題という2種類の訓練を実施。どちらの課題でも、テレビ画面の中央に現れる白い丸印を見続けるように訓練がなされた(画像3)。記憶課題では、丸印を見ていると、その周辺に小さな白い四角形が短時間現れて消えるというもので、サルは四角形の現れた場所を記憶しなければならない。四角形が消えた後、ある時間(遅延時間という)後に中央の丸印が消え、画面上に複数の小さな白い点が現れる。サルが、四角形の現れた位置の点にすばやく視点を移すと、報酬(ジュース)が出るという内容だ。

注意課題では、手もとのレバーを押していると画面の中央に白丸が現れ、それを見ていると赤い丸印が画面上の1カ所に短時間現れて消える。レバーを押し続けていると再び同じ位置に赤丸が現れる。この時、すばやくレバーを離すと報酬が出る。赤丸が再び同じ位置に現れるまでの時間はランダムに変わるから、サルは赤丸の現れた場所に注意を向け続ける必要があるというわけだ。

そして、記憶課題のみの単独課題条件と、記憶課題と注意課題を組み合わせた二重課題条件とで課題を行わせ、二重課題条件で記憶課題の成績がどのように変化するか、注意課題が難しい時と易しい時で記憶課題の成績がどのように変化するかが調べられ、サルでも二重課題干渉が観察されることが確認されたのである。そして、二重課題干渉の生じるメカニズムを明らかにするため、これに関わっていると考えられている前頭連合野外側部の神経活動が調べられた。

画像3。上から注意課題、記憶課題、二重課題条件の流れ

行動実験により、二重課題条件時(記憶課題+注意課題)と記憶課題のみの条件で、記憶課題の成績を比較すると、二重課題条件時において有意に正答率が低下し、反応時間も有意に延長していることが判明。また、注意を向ける場所を変えると注意課題の難易度が変わり、記憶課題の成績もそれと平行して変化することがわかった。つまり、サルでもヒトと同様に二重課題干渉が観察されることが確認されたというわけだ(画像4・5)。

画像4(左):二重課題条件時と記憶課題のみの条件における正答率の比較。画像5(右):二重課題条件時の注意課題でのレバー離し反応時間

そこで次に、この干渉に関わると考えられる前頭連合野外側部の神経活動が調べられた。その結果、注意課題と記憶課題を同時に行わせると、この脳部位の神経細胞で観察されていた記憶関連活動が著しく低下し、神経細胞が保持していた記憶情報が一時的に失われた状態に近くなることが明らかになったのである。

また、活動低下の程度は注意課題の難易度に比例し、注意課題が難しくなると活動低下がより顕著になることもわかった。さらに、神経細胞の集団での活動を観察すると、注意課題の実行により記憶関連活動は著しく低下するが、完全に消失することはなく、注意課題が終了すれば記憶関連活動がある程度まで回復することが観察され、この事実により記憶課題の成績がある程度維持されていることが判明したのである(画像6・7)。

このことから、二重課題干渉は、2つの異なる課題の各々が前頭連合野の共通する神経細胞集団(リソース)を同時に、かつ過剰に動員しようとするが、資源が限られているためお互いが干渉しあい、他方の活動を制限してしまうことにより生じることが明らかになった。

画像6(左):二重課題条件での記憶関連活動の変化。画像7(右):二重課題条件での神経細胞集団の活動変化

今回の成果により、昔からいわれてきた、二重課題干渉は限られたリソースを2つの課題が取り合うことにより起こっているということが確認された形だ。ただし、このような場面で限られた資源をうまく振り分ける仕組み(遂行機能と呼ばれ、前頭連合野の重要な働きと考えられている)はまだ明らかではない。

二重課題干渉の仕組みの解明は、日常場面で同時に直面するさまざまな問題の解決や判断、意思決定がどのようにして行われているのかという問いの解明に直結するという。このメカニズムはヒトが行っているさまざまな認知機能の解明に不可欠であると同時に、自閉症や統合失調症などの原因究明にも役立つと考えられるとしている。研究チームは、今後も引き続きこの仕組みの解明を目指すとした。