国立環境研究所(NIES)は2月25日、海洋研究開発機構(JAMSTEC)との共同研究により、海底堆積物コアに保存された「有孔虫」化石の放射性炭素同位体の分析から100年スケールの時間分解能で「完新世」(過去1万年間)における北太平洋の中・深層水循環変動の実態解明に成功し、7500~6000年前には、南半球の気候変動が引き金となって北太平洋の中・深層水循環が強化されたことがわかったと発表した。

成果は、NIES 環境計測研究センター 同位体・無機計測研究室の内田昌男主任研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月17日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

海洋深層水は、大量の熱を蓄熱し、熱帯から高緯度への熱の輸送をし、さらに大量の二酸化炭素を蓄積する機能を持つことから、深層水の循環は、地球の気候システムをコントロールする調整弁として重要な役割を果たしている。今から1万7500~1万1500年前の最終退氷期には、大気中二酸化炭素濃度が80ppm以上上昇した。これは、最終氷期に停滞していた深層水に貯まっていた二酸化炭素が、その循環の再開により、大気へ放出されたのが主な原因と考えられるという。

現在、深層水は、北大西洋高緯度と南極海により形成され、最大約2000年かけて北太平洋へと到達する流れが存在している。よって、気候変動と深層循環は、常に表裏一体の関係にある。今回の研究が行われた完新世は、氷期、退氷期に比べて極めて気候的に安定している時代といわれているものの、近過去だけでも小氷河期や中世温暖期といった人類活動に大きな影響をもたらした気候変動を経験してきた。しかし、それら気候変動と深層循環との関連性については指摘されてはいたものの、そもそも完新世において深層循環の変動の有無を含め、その実態についてはほとんど未解明なままだったのである。

今回の研究は、下北半島沖、水深1179m(画像1)で採取された海底堆積物コアを用いて行われた。海底堆積物コアは、2005年、JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」のCK05-04航海により採取されたものである。採取された海底堆積物コアを厚さ1~2cmに分割し、堆積物中に保存されている浮遊性有孔虫(画像2)、底生有孔虫化石を取り出し、それらの有孔虫化石の「放射性炭素年代測定」を行い、当時の中・深層水の年代を試算した。

なお有孔虫化石とは、炭酸カルシウム骨格を持つ単細胞生物の化石のことだ。海洋表層に生息するものと(浮遊性有孔虫)、海底面に生息するもの(底生有孔虫)がある。これら有孔虫の炭酸カルシウム骨格に含まれる放射性炭素(14C)を測定することにより、有孔虫が生息していた時代の海水の年代を知ることができるというわけだ。

画像1(左):下北半島沖、水深1172mのコア採取地点。画像2(右):底生有孔虫の写真。上段は底生有孔虫、下段は浮遊性有孔虫

そして、最終退氷期後期に当たる12000年前から500年前までの期間について、浮遊有孔虫および底生有孔虫の放射性炭素年代測定から、北太平洋中・深層水循環変動の復元が行われた。なお放射性炭素は、半減期約5000年の放射性核種であり、およそ5万年までの年代測定に幅広く利用されている原子である。

有孔虫化石の放射性炭素年代測定は、1996年に国立環境研究所に設置された5MVタンデム加速器質量分析計(施設名:NIES-TERRA)を用いて行われた。同施設では、これまで微量炭素量での年代測定について多くの研究実績を有しており、今回の研究においてもその技術をもって、有孔虫化石の微量測定が実施された次第だ。

そして過去1万2000年にわたって、1000年スケールの時間分解能で中深層水の年代が試算されたところ、極めて大きな変動が認められたという。特に7500~6000年までの期間には、中・深層水循環の変動が大きく、わずか数100年の期間に大きく変動していたことが判明したのである(画像3・4)。

画像3。下北沖水深1200mにおける、過去1万2000年にわたる中・深層水の年代の変遷(赤とピンクの実線)。年代が小さいほど、循環が活発になったことを表す

過去1万2000年間の変動について、南半球で最近報告されたデータを用いて循環が強化された原因について解析が行われた結果、南半球における偏西風帯の南北移動が関連していることがわかった。これは、偏西風帯が南へ移動した結果、南極大陸周辺における大気循環が一時的に強まった結果、南極地域の気温上昇、南大洋(南極海)の水温が上昇したことにより、南大洋における深層水(南極深層水)の形成が活発になったことが原因と考えられるという。

一方、もう1つの深層水である北大西洋高緯度(グリーンランド沖)に端を発する北太平洋深層水の形成がこの時期活発になっており、南北両半球における深層水形成が同調していた可能性があることもわかった。最終退氷期の南北両半球における深層水形成の強弱と連動した温暖化、寒冷化のモードは、逆位相の関係、つまり「バイポーラーシーソー」の関係にあることがわかっている。

しかし、完新世においては、それらのバイポーラーシーソーメカニズムが成立せず、同位相で変動している可能性が認められた。このことから、完新世においては、バイポーラーシーソーと異なる新たなメカニズムの存在の可能性を提唱するものであり、今後の研究の進展が期待されるとしている。

なお、これまでのグリーンランドや南極のアイスコアの記録の解析から、北半球の温暖化が始まった時期は、南極地域では温暖化のピークに相当し、南極地域の気温変動は北半球のそれと比較して約1000年先行していたことがわかっている。

特に、約1万年前の最終氷期末、北大西洋地域で温暖化が起こったベーリング-がアレレード期に、南極では寒冷化しており、北大西洋地域が寒冷化したヤンガー・ドリアス期に、南極は温暖化するなど、北半球高緯度が温暖化する時期は、南極が温暖化する時期に比べて数1000年遅れていた。

このように、温暖化と寒冷化が南北両半球高緯度地域で逆になる現象は、バイポーラーシーソーと呼ばれるメカニズムで説明される。バイポーラーシーソーは、1000年スケールの温暖化・寒冷化の気候変動のメカニズムに関する考え方で、その原因に南北両半球高緯度における深層循環の変動が関係しているとされている。例えば、北大西洋における深層循環が止まると、それまで熱帯から運ばれていた熱エネルギーの行き場を失い、その余った熱が南大西洋に再分配され、南極域が温暖化するというものだ。

以上から、バイポーラーシーソーメカニズムは、地球規模での熱エネルギーの再分配から、地球の気候システムを制御していることから、その原因とされる深層循環変動の解明がいかに重要かを端的に示す概念であるとした(画像4)。

なお、北太平洋における深層水は、北大西洋高緯度域(NADW)および南極海で沈み込んだ海水が起源となっている。南極海で形成された深層水は、南極海周辺を回る深層水(CDW)と北大西洋からやってくる深層水がCDWと混合する。CDWからの流れの一部は、さらに南太平洋西岸を北上して、中央太平洋海盆をへて2つに分岐し、下部太平洋深層水(LCDW)となる。

さらに南極海で新たに形成され、南太平洋西岸、フィリピン海をへて北西太平洋海盆からハワイ諸島方面へ東向きに流れる上部太平洋深層水(UCDW)の2つの海流から構成される。北太平洋深層水は、南極底層水起源が約70%、北大西洋起源が約25%と報告されている。

画像4の略号は、NADW:北大西洋深層水、CDW:南極周極流、UCDW:上部北太平洋深層水(水深~3000m)、LCDW:下部北太平洋深層水(水深~4000m)、AAIW:南極中層水(水深~1000m)。

画像4。画像4:中・深層水循環の概念図。現在(オレンジのライン)と7500~6000年前後(点線)の中・深層水の流れ