名古屋大学(名大)は、新たな液晶材料の光配向手法を開発したと発表した。

同成果は、同大大学院 工学研究科の関隆広教授、福原慶博士後期課程大学院生、永野修作准教授、原光生助教らによるもの。詳細は、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。

液晶は、ディスプレイや光学情報の変換デバイスに使われる重要な物質である。その応用には、液晶分子の方向を揃える技術が不可欠となる。液晶の方向を揃えるのに、従来は液晶物質を挟むガラス基板などの表面に丈夫な高分子膜を作成し、ラビング処理により液晶を配向させてきた。一方、25年前に、固体基板表面にて起こる光反応を用いて、液晶物質を配向させる手法が開発された。この光配向技術は、より精細な解像度が得られる他、ラビング操作より生ずる静電破壊やダスト発生などの不具合を避けることができる。このことから、現在では液晶ディスプレイパネルの量産プロセスにも用いられている。

液晶材料の配向を光などの外部刺激で配向させ、配向を書き換えることのできる表面は"コマンド表面"と呼ばれる。従来は、"コマンド表面"としてガラス基板が用いられていたが、今回の研究では空気側の表面に設けた20nm程度の光に反応する超薄スキン層を用いて、空気側から液晶材料膜の分子配向を光で自由に制御する方法を提案した。

空気側に光反応性高分子の薄膜を設ける手法は簡単で、液晶高分子に空気側に偏析しやすい光応答性のアゾベンゼンを含むブロック共重合体を数%添加して製膜し、120℃程度で数分アニールするのみという。熱処理することで、このブロック共重合体のみが空気表面に偏析する。このブロック共重合体の空気側スキン層が光配向膜となる。液晶高分子のみでは、メソゲンと呼ばれる棒状分子は膜平面に対して垂直に配向するが、ブロック共重合体が表面に偏析すると、水平に配向するようになる。さらに、この状態で偏光を照射すると、偏光に対して直角方向にメソゲンが配向する。同現象を利用し、フォトマスクで偏光を照射することで、液晶配向のパターニングに基づく自由な描画ができるという。

従来法と今回開発された液晶の光配向手法。従来法は固体表面で起こる光反応で液晶分子を配向させる。これに対し、新手法は空気側に形成された光反応薄膜を用いて液晶分子を配向させる

なお、このパターニング描画は何回でも書き換えることが可能。表面へのスキン層の形成は、印刷技術を使うこともできる。今回、液晶高分子膜をまず調製しておき、その上に超微量塗布が可能なインクジェット装置を用いてこのブロック共重合体を描画塗布した。一例として富士山を描画した。80℃程度に加熱しながら偏光照射することで、偏光顕微鏡下での黒い背景に明るい印刷描画が浮かび上がった。フォトマスクやインクジェット塗布で得られる解像度は、現時点で1μm程度が得られている。

同手法によるパターニングの例。光応答高分子のインクジェット印刷と偏光照射で作成した液晶配向パターン。直交偏光板を45度回すことで画像の出現、消滅が繰り返される

同手法では、支持する固体基板側には一切の操作が不要なのが特徴となっている。ガラスや石英シリコンなどの無機固体基板、ポリエチレンテレフタレート(PET)やポリイミド(PI)膜などのフレキシブルな高分子材料シートにも使える。そのため、平面パネルに縛られることなく、基板を後で円筒などカーブした形状へと加工することもできる。また、空気側の表面だけを工夫すれば良いため、液晶高分子の薄膜を作成した後に、自由にカスタマイズして液晶配向を描画できる。同手法は、これまでの液晶材料の配向法にはなかったものであり、操作が単純なだけに、液晶材料の応用が多様に広がることが期待される。例えば、表面だけ光が当たれば膜全体の配向を制御できるので、使用する液晶物質は透明である必要はなく、半導体や導電性特性を持つ液晶材料など光が透過しにくい膜にも適用が可能であると考えられる。こうした状況から、液晶配向のプロセスと用途が大きく広がるものと期待される。

さらに、熱処理や偏光照射を行わなければ、印刷しても描画パターニングは浮き出ないため、描画は潜像としての役割になる。例えば、必要な時にだけ光照射することで像が浮かび上がり、書き換えも可能であることから、液晶材料を偽造防止システムに利用するなど、新たな用途に適用される可能性がある。一方、今回の研究は、ブロック共重合体の産業用途の観点からも興味深い。ブロック共重合体は一般的に合成に手間がかかるため、その用途は限られているのが現状だが、同技術では、高価な高分子物質であっても、微量を高分子中に添加する、あるいは微量を印刷することで大きな効果が発揮される。こうした考え方をヒントに、高分子材料技術分野におけるブロック共重合体の新たな利用拡大につながることも期待しているとコメントしている。