大阪大学(阪大)と科学技術振興機構(JST)は2月25日、自己免疫疾患で産生される自己抗体が、異常な分子複合体(変性タンパク質と主要組織適合抗原との分子複合体)を認識することを発見し、それが自己免疫疾患の発症に関与していることを突き止めたと共同で発表した。

成果は、阪大 免疫学フロンティア研究センター/微生物病研究所の荒瀬尚 教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間2月25日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

自己免疫疾患は、自己に対する抗体などが自己組織を誤って攻撃してしまうことで生じる疾患だ。「主要組織適合抗原(MHC)」は非常に多様性に富む分子で、それぞれの個人で異なる組み合わせを持つ。そして、どの主要組織適合抗原を持っているかで、自己免疫疾患の感受性が決定される最も重要な分子である。

従来考えられてきた自己免疫疾患の発症機序を表したのが画像1だ。主要組織適合抗原はペプチド抗原をT細胞に提示することから、自己免疫疾患の原因はT細胞の異常だと長年考えられてきた。しかし、自己応答性T細胞を活性化するペプチド抗原(赤丸)や自己応答性B細胞を誘導する自己抗原(オレンジ色)は明らかでなかった。つまり、依然として自己免疫疾患の原因は明らかになっていないのである。

画像1。従来考えられてきた自己免疫疾患の発症機序

関節リウマチは、免疫機構が関節を破壊してしまう自己免疫疾患で、人口の約1%が罹患する最も頻度の高い代表的な自己免疫疾患だ。関節リウマチ患者の血液には、さまざまな自己抗体が認められる。自己抗体は関節リウマチの発症に直接関与している一方で、関節リウマチの診断にも使われているというわけだだ。

「リウマチ因子」は変性した抗体に対する自己抗体であり、関節リウマチ患者の約8割が陽性であることから、50年以上前から関節リウマチの診断に使われている。しかし、関節症状のないほかの自己免疫疾患および正常人でも陽性になることがある。また、変性した抗体は通常生体内に存在しないため、リウマチ因子が本来何を認識する自己抗体なのか、なぜ関節リウマチで陽性率が高くなるのかは不明だった。

一方、細胞内では正常タンパク質ばかりでなく、うまく折りたたむことができなかった変性タンパク質も常に作られている。しかし、そのような変性タンパク質は細胞内で速やかに分解され、細胞外に運ばれることはない。ところが今回の研究により、細胞内の変性タンパク質が自己免疫疾患に罹りやすい型の主要組織適合抗原と結合すると、それらは分解されずに主要組織適合抗原によって細胞外に輸送され、それが異物として自己抗体の標的になることが判明したのである(画像2)。

画像2。今回明らかになった新たな自己免疫疾患の発症機序

主要組織適合抗原がリウマチ因子の変性抗体の認識に関わっているかを調べるため、「ヒト抗体重鎖遺伝子」と共に「ヒト主要組織適合抗原クラスII遺伝子」がヒト細胞に遺伝子導入された。抗体は「軽鎖」と「重鎖」からなり、重鎖のみでは変性して細胞外に輸送されることはない。ところが、主要組織適合抗原が存在すると、抗体重鎖が主要組織適合抗原と結合して細胞表面に出現することがわかったのである。さらに、この変性抗体重鎖と主要組織適合抗原複合体は関節リウマチ患者血液中の自己抗体に認識されることも確認された(画像3~5)。

関節リウマチ患者の自己抗体は、主要組織適合抗原によって細胞外へ輸送された変性抗体重鎖を認識する。画像3(左):抗体は細胞内の変性抗体重鎖が主要組織適合抗原クラスII(MHCクラスII)と結合すると、細胞外に輸送されることが判明。画像4(中):さらに、主要組織適合抗原によって、細胞外に輸送された変性抗体は関節リウマチ患者の自己抗体に認識された。画像5(右):変性抗体/主要組織適合抗原複合体は自己抗体の標的分子であることが明らかになった

さらに多くの関節リウマチ患者の血液が調べられ、すると今まで診断に使われてきたリウマチ因子の値と変性抗体/主要組織適合抗原複合体に対する抗体量が強く相関することが判明(画像6・7)。ところが、関節症状のないほかの自己免疫疾患および正常人血清が解析されたところ、リウマチ因子陽性の血液でも変性抗体/主要組織適合抗原複合体に対する抗体は認められなかった。以上より、今まで診断に使われてきたリウマチ因子と比べて、変性抗体/主要組織適合抗原複合体は、関節リウマチ患者に特異的な自己抗体の標的であることがわかったというわけだ。

画像6・画像7:変性抗体/主要組織適合抗原複合体は、関節リウマチで産生される自己抗体の特異的な標的分子。関節リウマチにおいては、酵素で処理した抗体に対する自己抗体として測定されるリウマチ因子(縦軸)と変性抗体/主要組織適合抗原複合体に対する抗体量(横軸)は高い相関性を示した。ところが、関節炎症状のないほかの自己免疫疾患や健常人では、変性抗体/主要組織適合抗原複合体に対する抗体は、リウマチ因子が陽性のヒト(矢印)でも認められなかったのである。従って、変性抗体/主要組織適合抗原複合体は関節リウマチに特異的な標的分子であることが明らかになった

次に、変性抗体/主要組織適合抗原複合体が、実際に関節リウマチ患者の関節滑膜に存在するかどうか、関節リウマチ患者の滑膜組織を用いて「PLA法」(組織や細胞内での分子間相互作用を検出する方法で、40nm以下の分子間の近接を検出することが可能)による解析が行われた。

その結果、変性抗体/主要組織適合抗原複合体が関節リウマチ患者の関節滑膜に存在するが、自己免疫疾患ではない変形性関節症の患者の関節滑膜には存在しないことが判明(画像8・9)。従って、変性抗体/主要組織適合抗原複合体が関節リウマチ患者の関節滑膜で産生され、それが自己抗体の標的になっていると考察されたのである。

変性抗体/主要組織適合抗原複合体が、関節リウマチ患者の関節滑膜に認められる。関節リウマチ患者の関節滑膜に変性抗体/主要組織適合抗原複合体が存在するかどうかをPLA法で解析した。関節リウマチ患者の関節滑膜には変性抗体/主要組織適合抗原複合体(赤色)が認められるが(画像8:左)、自己免疫疾患ではない変形性関節症患者の関節滑膜には認められない(画像9:右)。関節リウマチ患者の滑膜で産生された変性抗体/主要組織適合抗原複合体が自己抗体の標的として関節破壊に関与していると考えられた

最後に、変性抗体/主要組織適合抗原複合体が関節リウマチの発症に関わっているかが調べられた。関節リウマチの罹りやすさは主要組織適合抗原クラスIIの型(アリル)によって決定されることが知られている。例えばヒト主要組織適合抗原クラスIIの1つである「HLA-DR4」を持つ場合は、「HLA-DR3」を持つ場合より約10倍以上も関節リウマチに罹りやすくなる。

そこで、抗体重鎖と種々のHLA-DRとの複合体に対する自己抗体の結合性の解析が行われた。その結果、それぞれのHLA-DRを持つ場合の関節リウマチの罹りやすさ(オッズ比)と変性抗体/HLA-DR複合体に対する自己抗体の結合性は、相関係数0.81・危険率0.000046ということで、非常に高い相関を示すことが判明したのである。つまり、関節リウマチに罹りやすい主要組織適合抗原を持つ場合は、自己抗体の標的抗原が産生されやすいことになるのである。以上の結果より、変性抗体/主要組織適合抗原複合体が自己抗体の標的として関節リウマチの発症に関わっていることが考えられるとした。

なお画像10は、変性抗体/主要組織適合抗原複合体に対する自己抗体の結合は関節リウマチの感受性(罹りやすさ)と強い相関を示したグラフ。変性抗体/主要組織適合抗原複合体に対する関節リウマチ患者の自己抗体の結合性(縦軸)は、主要組織適合抗原のクラスIIである各HLA-DRアリル(画像中の番号)による関節リウマチの感受性(罹りやすさ)(横軸)と、高い相関を示すことが確認されたのである。

画像10。変性抗体/主要組織適合抗原複合体に対する自己抗体の結合は関節リウマチの罹りやすさと強い相関を示す

今回の研究により、変性タンパク質と主要組織適合抗原との分子複合体が自己抗体の標的として、関節リウマチの発症に関わっていることが判明した。ほかの自己免疫疾患においても同様に変性タンパク質と主要組織適合抗原との複合体が自己抗体の標的になっていると考えられるという。

従って、変性タンパク質/主要組織適合抗原複合体はさまざまな自己免疫疾患の治療薬開発のための標的分子だと思われる。また、変性タンパク質/主要組織適合抗原複合体に特異的な自己抗体が産生されることから、主要組織適合抗原と変性タンパク質との複合体は自己抗体の検出にも有用であり、自己免疫疾患の診断にも役立つという。今後、さまざまな自己免疫疾患での変性タンパク質/主要組織適合抗原複合体の研究を進めることによって、自己免疫疾患の病因解明が期待されるとしている。