山梨大学、北海道大学(北大)、名古屋大学(名大)の3者は2月20日、プロサッカーチームの試合展開を科学的に解析し、目まぐるしく変わる攻守の切り替わりが、自己相似パターン「フラクタル」が関係する単純な物理法則で説明できることを実証したと共同で発表した。

成果は、山梨大の木島章文准教授、同・島弘幸准教授、北大の横山慶子博士研究員、名大の山本裕二教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月19日付けでEDP Science社の物理学専門誌「European Physical Journal B」にオンライン掲載された。

スポーツ科学の分野で集団球技を研究する場合、ゲーム全体の流れの中から部分的なシーンだけを切り抜き、選手の動きを心理学的・行動学的にとらえる研究と、ゲームスコアや対戦履歴に関する確率論的な研究の2つが大多数を占める。この2つはいずれも「試合に勝つ」ことを目的とした研究であり、実学的な色合いが強いという。

しかし今回の研究チームは上の2つとはまったく異なる視点から、プロサッカー競技の動態を調べたものである。今回採られた手法は、試合全体にわたる選手とボールの動きを、一般の自然現象・物理現象と同じ観点でとらえるというものだ。試合時間全体を通してフィールド上を目まぐるしく移動する全選手とボールの位置を録画し、その解析データから「サッカーの試合展開を支配する単純な法則性」が見出されたのである(画像1・2)。

具体的に扱われた試合は、2008年のFIFAクラブワールドカップの準々決勝と、2011年のJリーグの試合だ。この2試合における選手全員の位置とボールの位置がデジタルカメラで録画され、取得データのコンピュータ上での再現がなされた。そのデータが数値解析され、ボール位置とチーム前線位置に関する時系列グラフなどが作成されたというわけだ(画像3・4)。

画像1(左):サッカーゲームの記録映像の一部。実際の研究では、複数のプロサッカー試合が映像に記録された後、全選手の位置とボール位置の時間変化がコンピュータ上で解析された。画像2(右):選手とボールの動きを表す再現図。両チームの選手が赤と青で色分けわれ、全試合時間にわたる個々の選手とボールの動態が解析された

画像3・画像4:各チームの支配領域の解析過程。まず、個々の選手が自分の周囲に一定の支配領域を張り巡らすという仮定が行われ、個々の支配領域を各チームで積算することで、チーム全体の支配域と前線位置が算出された

集団球技の試合展開は、選手個々の意思・技量に強く依存する普遍性のない現象と思われがちだ。しかし今回の成果は、チーム全体の動きとボールの動きの両方が、ある普遍的な法則に従うことを示唆しているという。常識的な直観とは相反する結果であり、スポーツ科学・複雑系科学の両分野に対して、高いインパクトを与える成果といえるとした。

現実のサッカーの試合では、両チーム合わせて22名の選手が、お互いに相反する目的達成のために複雑な動きを繰り返す。一瞬一瞬におけるボールや選手の動きは、個々の選手の勝手な意思に依存する。そのため、個の動きの蓄積であるチーム全体の動きには、何の法則性・普遍性も存在しないと「一見」感じられる。

今回の成果によると、上述の予想に反して、サッカーの試合展開には単純な法則が存在する。それは、全試合時間にわたるボール位置の時間変化と、チーム前線位置の時間変化に関する法則だ。これら2つの位置変化を時系列グラフに表すと(画像5・6)、そこにはフラクタルパターンが現れる(画像7~10)。

フラクタルとは、その図形(または曲線)の一部と図形(曲線)全体が、互いに相似な性質を指す用語だ(同じ意味で、自己相似(self-similar)な形と呼ぶことも多い。)。フラクタル性を持つ構造は、雲の形、樹木の枝、血管、リアス式海岸、株価チャートなど、自然界や社会現象などにおいて多数が確認されている。そうした自然の普遍則が、サッカーのような集団球技にも見つかることが、今回の研究で明らかとなった。

チーム前線位置(画像5:左)とボール位置(画像6:中)の時間変化を示す時系列グラフ。横軸がキックオフからの経過時間、縦軸が自陣ゴールからの距離を表す。時間の経過と共に、前線位置とボール位置が激しく前後に移動している様子がわかる。画像7(右):代表的なフラクタル図形の「コッホ曲線」

画像5の時系列データの一部を抜き出したグラフ曲線が画像8(左)で、それをさらに縦横の縮尺をそれぞれ3倍に拡大したのが画像9(中)、同じく9倍に拡大したのが画像10(右)。縮尺を変えても、似たような曲線が繰り返し現れる。こうした性質をフラクタルと呼ぶ

ボールやチーム前線の時系列変化がフラクタル性を示すという事実は、それらの動きが「記憶」と「忘却」に支配されていることを意味するという。すなわちサッカーの試合展開においては、ある瞬間の動き(ボールorチーム前線)が、それより未来の動きに強く影響する。どれだけ遠くの未来にまで影響を与えるか、その最長の時間を「持続時間(Persistency time)」と呼ぶ。

研究チームの解析結果によると、プロのサッカーチームの試合では、この持続時間はおよそ30秒に満たないことが判明した。これまでにも、ボールや選手の動きに時間的な繋がりかおることは経験的にわかっていたが、数値解析を基に30秒という具体的な持続時間の上限値を算出した例は今回が初めてだという。ちなみにこの数字は、2002年ワールドカップの全試合を分析した先行研究ともよく一致しているとしたとしている。

今回の成果を踏まえた次の課題は、なぜサッカーの動きがフラクタル性を示すのか、その科学的理由を解明することだとした。フラクタル性の起源を知るには、選手個々のプレーが互いにどのような影響を及ぼし合っているのか、選手間の相互作用を記述する数理モデルを新たに構築する必要があるという。

同様の指針はサッカーに限らず、バスケットボール、ハンドボール、ホッケーなどさまざまな(野球のようにターン制のない)集団球技にも当てはまる。サッカーとは異なる球技に対しても今回の研究と同じ解析を行い、時系列データに表れる類似点と相違点を調べることで、個々のスポーツ種目の試合展開を特徴づける新たな数値指標を提示できる可能性があるとした。

今回得られたスポーツ科学に関する成果は、「複雑系科学」という、より広い視座からみても重要な意義を持つという。複雑系科学の観点からみた今回の成果の意義は、(1)直前のプレーの記憶が、次の瞬間のプレーに強<影響する。(2)その一方で、試合時間全体を見渡すと、個々の記憶は次々と忘却され、新たな記憶に上書きされ続ける。という2つの事実を明らかにした点だ。

こうした記憶と忘却の反復は、サッカーに限らす、人間の社会現象や動物の集団行動全般にもよく当てはるという。その意味で今回の研究成果は、ヒトや動物の複雑な集団行動を理解するための1手段を提供するといえるとする。さらに、集団行動における人間同士の相互作用を数理モデル化することができれば、緊急時・危険発生時における群衆行動の制御や避難経路の設計にも役立つと期待できるとした。