物質・材料研究機構(NIMS)は2月19日、導電性および誘電性を有する2種類の酸化物ナノシートを積み木細工のようにサンドイッチ構造に堆積させることにより、微細な高性能コンデンサ素子の作製に成功したと発表した。 同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の佐々木高義フェロー、長田実准主任研究者らによるもの。詳細は、米国化学会誌「ACS Nano」に掲載された。

誘電体を利用した積層セラミックスコンデンサ(MLCC:Multi Layered Ceramics Condenser)は、エレクトロニクスを支える重要な電子部品であり、雑音抑制や電源供給補助などのために、あらゆるエレクトロニクス機器に搭載されている。例えば、スマートフォン1台当たりの搭載個数は400~500個と言われている。昨今の小型モバイル機器の小型、軽量、高機能化の流れの中で、電子部品の搭載点数はさらに増加し、高密度実装を支える超小型コンデンサの開発がより重要となっている。

現在のMLCCには、チタン酸バリウム微粒子を固めてシート状に成型した誘電体膜が使われており、この誘電体膜とニッケルなどの電極を交互に数百~1000層程度重ねた多層構造が利用されている。これまでの素子の開発を振り返ると、その高性能化は最先端の微粒子加工技術や薄膜技術による素子の薄膜化、集積化など、いわゆるトップダウン手法で実現している。

一般に誘電素子の示す静電容量Cは

C=ε0εr(S/d)、(ε0、εrは真空および誘電体の誘電率、Sは電極面積、dは誘電体の厚み)

で与えられることから、誘電体層を薄くして、さらに電極面積を稼ぐことで、高容量化を実現してきた。最先端のMLCCでは、粒径100nm程度のチタン酸バリウム微粒子を用いて厚み約500nmの誘電体層とし、これをニッケル電極と交互に数百層積層し、全体でシャープペンシルの芯の太さ前後の超小型素子を実現している。コンデンサのさらなる高性能化には、誘電体層、電極層の薄膜化が不可欠だが、現行のプロセスでは、微粒子の加工の問題があり、困難になっている。また、高誘電体材料の多くは、粒子サイズを100nmレベルまで小さくすると、誘電率が低下するというサイズ効果の問題があり、粒径100nm程度が高誘電体として安定に動作する限界となっている。これらの課題をブレイクスルーし、コンデンサ技術を持続的に発展させるためには、従来のトップダウン技術だけに依存した素子開発では困難であり、新しい高誘電体材料やデバイスの作製技術の開発が急務となっている。

研究グループでは、これまで様々な層状化合物を化学反応により、層1枚にまでバラバラに剥離することで、極薄の2次元物質であるナノシートの開発を行ってきた。これにより、得られたナノシートは、厚さが原子数個で構成され、1nm前後と極薄なのに対し、横方向にはその厚さの1000倍以上、大きな場合では10万倍にも及ぶ広がりをもっており、グラフェンと共通した特徴を有するユニークな物質である。これまでの研究により、多くの層状化合物の単層剥離が達成され、多様な組成、構造を持つ酸化物や水酸化物ナノシートが合成されている。この豊富な多様性を反映して、これらのナノシートは電子的、磁気的、光学的、化学的特性に関連した広範な機能性を発揮することが明らかにされ、新しい機能性ナノ結晶として高い注目を集めている。また、もう1つの重要な特徴は、これらのナノシートは水中に単分散したコロイドとして得られるため、ディップコートをベースとした交互吸着法の溶液プロセスと、液面吸着現象を利用したラングミュアブロジェット(LB)法を用いることで、ガラス、金属、プラスチックなど様々な基材表面に、稠密かつレイヤーバイレイヤーで堆積させ、ナノレベルで膜厚、積層構造を精密に制御したナノ薄膜を容易に構築できることである。

今回の研究では、このナノシート技術をベースとして新規デバイスを作製することを念頭に、これまでに開発してきたナノシートの中から、誘電体層の素材としてぺロブスカイト型酸化ニオブナノシートCa2Nb3O10-、電極用素材として酸化ルテニウムナノシートRu0.95O20.2-を選択し、溶液プロセスを用いてガラス基板上にナノ誘電素子を構築することを検討した。

製作した誘電ナノデバイスの模式図。誘電体、電極用材料として図中の2次元構造を持ったCa2Nb3O10-およびRu0.95O20.2-のナノシートを使用。これらのナノシートは写真のように水中に単分散したコロイド溶液として得られる

まず、ガラス基板上に交互吸着法によりRu0.95O20.2-ナノシートを2~5層堆積し下部電極とした。この工程はナノシートのコロイド溶液と正電荷を帯びたポリマーの水溶液に基板を交互に浸漬するという簡便な操作により実施することが可能である。第2工程では得られたCa2Nb3O10-ナノシートをLB法により10層レイヤバイレイヤで累積した。同プロセスでは、ナノシートコロイド溶液を浅い水槽に入れて静置すると、水面にナノシートが浮遊してくるというユニークな特性を利用したものであり、液面に接触したバリアと呼ばれるテフロン製のバーを内側に移動させることによってナノシートを緻密にパッキングさせた後、予め溶液中に沈めておいた基板をゆっくりと引き上げることによって基板表面にナノシート膜を写し取る(転写)ことを繰り返して多層膜をレイヤバイレイヤで形成していく。

同プロセスは、ナノシートのパッキングをバリアによりコントロールできるため、隙間の発生を極力抑えた緻密な膜を構築することができる。ナノシートは非常に大きな2次元異方性を有しているため、多層膜ではリークパスの形成を抑えられ、優れた絶縁性を発揮する効果があるが、LBプロセスによりさらに緻密な膜となるため、コンデンサデバイスの重要な要件であるリーク電流密度を極力抑えこんだ絶縁性の高い膜を形成できることとなる。

第3工程ではリソグラフィ技術と交互吸着法を組み合わせて、Ru0.95O20.2-ナノシートを50μm径の2~5層膜として堆積させ、上部電極とした。具体的には、Ca2Nb3O10-ナノシート膜まで堆積させた基板表面にフォトレジストをスピンコートし、フォトマスクを通して露光することにより、50μm径の円形孔(ドット)を正方形の格子状に形成した。次に、その上からRu0.95O20.2-ナノシートを交互吸着法で2~5層累積し、レジストとともにドット部分以外に吸着したナノシートを除去することで、上部電極ドットパターンを構築した。

そして、この一連のプロセスを様々な手法でモニタし、サンドイッチ構造が形成されていることを確認したという。透過型電子顕微鏡(TEM)断面像などのデータから誘電体層であるCa2Nb3O10-ナノシート膜の上下がRu0.95O20.2-ナノシート膜で挟まれたサンドイッチ構造が形成されており、その厚みは約27nmと極薄であることが確認されている。

石英ガラス基板上に製作した誘電デバイス。(a)外観の写真、極薄のため透明。(b)デバイス表面に上部電極として設置したRu0.95O20.2-ナノシート膜(50μm径)のドットパターン(SEM像)。250μm間隔の正方格子状パターンとして配置。(c)Ru0.95O20.2-ナノシート膜の拡大像(AFM像)。同サンプルは5層膜のデータであり、同ナノシートの厚みが約1.1nmであることと符合した6nmの高さを示している。(d)断面TEM像。石英ガラス基板上にRu0.95O20.2-/Ca2Nb3O10-/Ru0.95O20.2-のサンドイッチ構造が形成できていることが読み取れる。デバイス全体の厚みは27nmである。(e)組成分析データ。電子線エネルギー損失分光法(EELS)で組成分布を測定した結果。このデータからもRu0.95O20.2-/Ca2Nb3O10-/Ru0.95O20.2-のサンドイッチ構造の形成が裏付けられる

構築したデバイスの誘電特性を測定した結果を確認すると、周波数が103~106Hzの広い領域で安定に27.5μFcm-2の静電容量を与えること、誘電損失(tanδ)も3~5%の低い値に抑え込まれていることがわかる。この静電容量は現行で市販されているMLCCと比べて約2000倍の高い性能に相当する。これはCa2Nb3O10-ナノシートそのものがナノスケールの厚みでも210と高い比誘電率を示すことに加え、厚さが1.4nmと分子レベルの薄さであり、10層膜でもトータルの厚みが15nm前後と極薄の絶縁膜であることを反映した結果であるといえる。また、このサンドイッチ構造のデバイス全体の厚みは30nm以下と、最新のMLCCの500nmと比べて1/10以下であり、小型、集積化という点においても格段の優位性を持っている。

(a)誘電特性と(b)リーク電流特性。103Hz以上の広い周波数領域でほぼ一定の27.5μFcm-2の静電容量、5%以下の良好な損失特性を示す。リーク電流密度も1V 印加で4×10-6Acm-2程度と良好な絶縁性を示す

今回の成果は、ナノシートをベースに画期的な性能を発揮する誘電ナノデバイスの開発に成功したものであり、現行のMLCCの限界を打ち破り、大幅な小型化、軽薄化、性能向上など技術革新につながる可能性を秘めた提案ともいえる。今後は、製作した電極/誘電体/電極構造の多層化が主要な課題となってくるが、同技術はナノシートの製造およびその集積による素子構築を全て室温溶液プロセスで行うことができることから、工業的製造の観点からも大きな利点を持つと考えられるとコメントしている。