京都大学は2月18日、異なる3種類の波長のレーザ光を用いた分光測定によって、通常の太陽電池では利用できない近赤外領域の光を効率良く電力に変換できるナノ構造中間バンド型太陽電池における光キャリアの振る舞いを解明したと発表した。

同成果は、同大 化学研究所の金光義彦教授、ディビット・テックス研究員(戦略的創造研究推進事業:CREST)らによるもの。豊田工業大学の神谷格教授と共同で行われた。詳細は、「Scientific Reports」に掲載された。

半導体の単接合型太陽電池の光エネルギー変換効率には、その半導体材料のバンドギャップエネルギーによって決まるShockley-Queisser限界(SQ限界)と呼ばれる原理的限界があり、30%程度の変換効率しか得られないことが広く知られている。このような理論限界が存在する理由は、太陽光が紫外光から可視光、赤外光まで幅広いエネルギー範囲から構成されているためである。1種類の半導体材料で作られた太陽電池には変換効率を低下させる要因が主に2つ存在する。1つはバンドギャップエネルギー以上の光の余剰エネルギーが熱に変わってしまうこと(熱損失)、もう1つはバンドギャップエネルギー以下の光を吸収できないこと(透過損失)である。これらの理由から、最も変換効率が良いバンドギャップエネルギーは約1.4eV(波長850nm程度)で、このときの変換効率が30%程度と理論的に予測されている。このため、太陽電池を次世代の再生可能エネルギーとして利用するために、SQ限界に近づき、さらには超えることを目指して、多接合太陽電池の作製やナノ構造を用いた太陽電池の提案など、活発な研究・開発が行われており、これまで利用できていなかった近赤外光を効率的に利用するための研究も必要と認識されている。

今回、最も太陽電池に適した半導体材料の1つであるGaAs単結晶を基板とし、その上にInAs の量子ディスクおよび量子ドットが埋め込まれたGaAsとAlGaAs薄膜を分子線エピタキシー法によって作製した。量子ディスクおよび量子ドットは平面上にランダムに形成され、量子ドットが一番低いエネルギーの構造となっている。これらの量子構造を選択的に励起し、発生する光電流を検出するために、複数のレーザを用いた実験を行った。

(a)試料構造、(b)多波長レーザ励起分光システムの概略図

量子ディスクや量子ドットのエネルギー準位は、GaAsやAlGaAsのバンドギャップエネルギーよりも低いために、GaAsやAlGaAsでは吸収されない光を利用することができる。各量子構造に生成された光キャリアは、そのままでは光電流に寄与できないが、再度励起されることによってGaAsやAlGaAsの領域に到達し、光電流を増幅させる。この過程をアップコンバージョン過程と呼ぶ。これにより、通常は透過してしまう光の吸収が生じ、電力に寄与できる電子の数を増やすことが可能になる。電子が流れる伝導帯と正孔が流れる価電子帯の中間に量子構造による準位またはバンド構造を形成させる太陽電池構造を中間バンド型太陽電池と呼んでいる。中間バンド型太陽電池を使うと、通常の太陽電池では透過してしまう光の吸収が生じるため、電力に寄与できる電子の数を増やすことが可能になる。これまでは、量子ドットのアップコンバージョン過程の高効率化を目指して多くの研究が行われてきたが、その効率は低いのが現状である。この問題を解決するため、研究グループでは、浅いエネルギー準位の量子ディスク構造に注目し、研究を行ってきた。その結果、量子ドットよりも量子ディスクの方がキャリア多体効果を活用した効率良いアップコンバージョン電流を発生できることが明らかになり、これを利用した新しい中間バンド太陽電池構造を提案した。

試料のエネルギーバンド図

今回、さらに量子ドットの活用を目指して、複数のレーザを用いることで様々な波長で試料を励起できる多波長レーザ励起分光システムを開発し、近赤外の光を効率よく電流に変換できる条件を調べた。その結果、レーザ1と2はそれぞれ量子ドットと量子ディスクを励起している。3番目の近赤外レーザの照射による電流の増幅は、ディスクを強く励起している場合にのみ観測された。このような振る舞いは、量子ドットからアップコンバージョンによってできたキャリアが、励起されていないディスクに捕まることを意味している。つまり、量子ドットのアップコンバージョン電流は、他のナノ構造によって抑制されていることが分かった。これらのことから、量子ディスクと量子ドットを空間的に分離することで、太陽電池の効率を向上できることを見出したという。

近赤外光の吸収によるアップコンバージョン電流増幅

量子ディスクのエネルギー準位はスペクトル上の非常に狭い領域に存在し、幅広いエネルギー範囲に存在する量子ドットに比べ、光エネルギーの有効活用の観点からは不利である。しかし、量子ディスクの光電流生成効率は、量子ドットより極めて高く、キャリア多体効果を利用することにより、新しい光電変換過程が可能になる。アップコンバージョン過程を利用した高効率太陽電池の実現には、基礎物理の立場からより詳細な機構解明が必要である。また、量子ドットと量子ディスクの役割をはっきりさせ、それらを空間的に分離させることにより、実用レベルに近いエネルギー変換効率が得られるものと期待されるとコメントしている。