順天堂大学は2月14日、細胞内へのシグナル伝達分子「Notch2」の活性化が「腎糸球体足細胞(ポドサイト)」の障害を軽減させることを発見し、さらにNotch2を活性化する抗体をネフローゼ症候群・糸球体硬化モデルマウスへ投与したところ、タンパク尿が減少して「糸球体硬化」を防ぐことが判明したと発表した。

成果は、順天堂大大学院 腎臓内科の田中絵里子氏(現・東京医科歯科大学 小児科助教)、同・淺沼克彦氏(現・京都大学特定准教授)、同・富野康日己 教授、同・大学 免疫学講座の八木田秀雄 先任准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月14日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

慢性腎臓病は、何らかの原因によって腎機能が低下した状態、もしくはその前段階で、いずれ腎機能が悪化していく状態をいう。例えば、血液の濾過装置である「腎糸球体」が、糖尿病、高血圧症、「慢性糸球体腎炎」などで硬化に陥ることで、腎機能が低下し慢性腎臓病に進行する。

糸球体を外側から支える細胞は糸球体足細胞と呼ばれ、その細胞が障害を受けると、形態変化や脱落が引き起こされ、タンパク尿が出現し糸球体が硬化していく。このように腎機能の低下によって誘発される慢性腎臓病は、進行すると生涯にわたり透析療法が必要となるが、従来薬では進行を止めるのに不十分なことが多く、新たな治療法が望まれている状況だ。

Notchは細胞外から細胞内へのシグナル伝達を担う分子(経路)で、さまざまな臓器でその発生や疾患の成り立ちに関わっている。Notchのレセプター分子は普段は細胞膜を貫通する形で存在しているが、細胞外からのリガンド刺激によって活性化されると、細胞の内側にある部分が切られ、細胞内でさまざまなシグナルを伝達す仕組みだ。ほ乳類ではNotch1、Notch2、Notch3、Notch4の4つのNotch経路が確認されている。

腎臓におけるNotchは発生過程のみで働き、成熟した腎臓では消失しているとされてきた。しかし、さまざまな腎疾患の糸球体でNotch1とNotch2の活性化が見つかり、Notch1が病気の進行に関与していることが判明。その一方で、Notch2の役割はわかっていなかった。そこで研究チームはNotch2に注目し、その役割を調べることにしたのである。

まず、大量のタンパク尿が見られる疾患の「ネフローゼ症候群」と糸球体硬化症の疾患モデルマウスであるアドリアマイシン腎症マウスに、「アドリアマイシン」と同時にNotch2を活性化する「アゴニスト抗体」を同時に1回、またはアドリアマイシン投与後1週間から1週間ごと連続で投与が行われた結果、尿タンパクが抑制され、28日目の糸球体硬化が抑えられることがわかった(画像)。

なお糸球体硬化とは、糸球体が部分的または全体的に硬化し、血液濾過機能が障害される状態のことをいう。糖尿病腎症、慢性糸球体腎炎、ネフローゼ症候群、腎硬化症など、慢性腎臓病をきたすどの腎疾患でも糸球体足細胞が障害され糸球体硬化が生じることが知られている。硬化した糸球体が増加してくると、腎臓の機能が低下し、最後には透析療法が必要となってしまう。

腎疾患では糸球体足細胞障害によって尿タンパクが引き起こされ、糸球体足細胞がプログラム細胞死の「アポトーシス」などで脱落すると糸球体が硬化することがわかっており、今回のマウスでの実験によりNotch2の活性化が糸球体足細胞障害を軽減させることが初めてわかったというわけだ。

なお糸球体足細胞は、糸球体の構成細胞の1つであり、糸球体の構造の維持と血液濾過機能において重要な役割を持っている。糸球体足細胞は増殖や再生ができない細胞であり、この細胞の障害によりタンパク尿と糸球体硬化が生じてしまうのである。

今回の実験の結果

続いて研究チームはそのメカニズムを詳細に解析するため、糸球体足細胞の培養細胞を用いて調査を実施。すると、Notch2の活性化がアポトーシスを抑える「Akt-Bad経路」を活性化していることが判明した。つまり、Notch2のアゴニスト抗体を投与することで糸球体足細胞のアポトーシスが抑えられ、その結果、尿タンパクと糸球体硬化が軽減することがわかったのである。

さらに、慢性腎臓病をきたす腎疾患の1つである「巣状糸球体硬化症」患者の腎臓では、糸球体足細胞におけるNotch2の活性化のレベルが低いことが確認された。すなわち、糸球体足細胞のNotch2を活性化することが、慢性腎臓病の進展を防ぐ新規治療ターゲットとなる可能性が今回の研究により初めて示唆されたというわけだ。

これまでの慢性腎臓病の治療薬は、既存の降圧薬、副腎皮質ステロイド薬、免疫抑制薬などがあるが、効果が不十分であったり、感染症・糖尿病・腎障害などの副作用が強く出て使用できない場合があったりした。タンパク尿、糸球体硬化の原因となる糸球体足細胞障害は、現在、患者数が1330万人もいる慢性腎臓病の主要原因疾患である糖尿病腎症、慢性糸球体腎炎、腎硬化症のどれにおいても認められる現象だ。そのため、今回の研究で明らかになったNotch2の活性化誘導による糸球体足細胞障害の軽減は、どの腎疾患にも効果があることが期待されるという。さらに、Notch2を活性化する抗体は、慢性腎臓病治療薬として使用できる可能性があるとしている。