理化学研究所(理研)、分子科学研究所(IMS)、大阪大学(阪大)、東京大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)の5者は2月17日、理研のX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)施設「SACLA(サクラ:SPring-8Angstrom Compact free electron LAser)」を使い、X線の光の粒子(光子)がゲルマニウム原子に2個同時に吸収される「2光子吸収」過程の観測に成功したと共同で発表した。

成果は、理研 放射光科学総合研究センター ビームライン研究開発グループ 理論支援チームの玉作賢治専任研究員、同・矢橋牧名グループディレクター、IMS 極端紫外光研究施設の繁政英治准教授、阪大大学院 工学研究科の山内和人教授、東大大学院 工学系研究科の三村秀和准教授、JASRIの大橋治彦副主席研究員らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間2月17日付けで英科学誌「Nature Photonics」オンライン版に掲載された。

レーザーは50年以上前に可視光領域において発明され、それにより強い光が物質に当たった時に起きる、光の強さに比例しない現象を扱う「非線形光学」が劇的に発展することとなった。応答が光の強さの2乗(3乗)で強くなる場合、2次(3次)の「非線形光学過程」という。一見すると我々の生活には関係のない化学の世界の話と思われるかも知れないが、現在では、非線形光学は学術的に重要なだけでなく、超高速光通信などさまざまな最先端技術で利用され、日々の生活を見えないところで支えている。

21世紀に入り、世界で初めて米SLAC国立加速器研究所(旧・スタンフォード線形加速器センター)のXFEL施設「LCLS(Linac Coherent Light Source)」が2009年12月に、続いてSACLAが2011年6月に稼働を開始したことから、X線領域でも非線形光学の本格的な研究が可能になった。SACLAはLCLSなどと比べると施設が数分の1というコンパクトにもかかわらず、0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有するのが特徴だ。

ただし、2次の非線形光学過程の1種である「X線と赤外線の和周波」という、X線と赤外線の2つの光子が合成されて1つのX線光子が生成される現象の報告はLCLSによって報告されている。しかし、これは最も低次である2次の非線形光学過程であり、より応用範囲の広い3次の非線形光学過程は今のところ報告されていない。次数が高くなると、より強いX線が必要になるが、XFELでも十分なX線強度を得られなかったことがその理由である。

3次の非線形光学過程の1つが、2つの光の粒子(光子)が1個の原子にほぼ同時に吸収される「2光子吸収」だ。しかし、X線の2光子吸収の確率は、可視光領域に比べて10桁以上低いため、その実現は極めて困難だと考えられてきた。そこで研究チームは、SACLAのX線ビームの強度を上げることでX線光子を狭い時空間に大量に押し込んで、数百ゼプト秒という極めて短時間に2つの光子が1つの原子に当たる状況を作って、X線の2光子吸収の観測を試みたのである。

実験では、高精度の集光鏡を用いてSACLAのX線ビームが約100nmまで絞りこまれ、ゲルマニウム試料に照射され、2光子吸収の結果として放射される「蛍光X線」が測定された。測定の結果、蛍光X線の光子数が照射したX線の強度の2乗にほぼ従って増加していることが確認されたのである。これは、2光子吸収の特徴であり、X線領域において2光子吸収が起きていることが示されたというわけだ。今回の2光子吸収は3次の非線形光学過程であり、2013年に報告された1光子の吸収が続けて2回起こる"逐次的な"2光子吸収とは本質的に異なる(画像1・2)。

逐次的な2光子吸収(画像1:左)と今回の2光子吸収(画像2:右)の差。逐次的な2光子吸収では緩和を伴う中間状態を経由した1光子吸収が連続して2回起きる。このため2つ目の光子が多少遅れて当たっても上の状態に上がることができる(上)。いわば、途中にステップがあって1段ずつ登ることができるイメージだ(下)。それに対し今回の2光子吸収は、2つの光子は数百ゼプト秒という極めて短い時間に同じ原子に当たって吸収される(上)。2光子吸収では途中で休憩する段はない。また、強力なX線によって段(試料)そのものが破壊されていくのも特徴(下)。

試料に照射したX線の強度が高いところでは、蛍光X線の信号強度が2乗の依存性から下にずれて、予想した理論値よりも2光子吸収が少ないことも判明(画像3)。より詳細な解析がなされたところ、画像3右側のX線が強い条件では、X線が1光子でゲルマニウム原子を光イオン化することで、その原子で2光子吸収ができなくなることがわかったのである。

つまり、1光子で電子の軌道である電子殻の内、内側から2番目の「L殻」がイオン化されると、最も内側の「K殻」の束縛エネルギーが大きくなり2光子吸収ができなくなっていたのだ。このように、2光子吸収と並行して、超高強度X線による試料の破壊がフェムト秒の速さで進むことが明らかになった。

画像3は2光子吸収のX線強度依存性。X線の強度(パルスエネルギー)が強くなる右側で、実験データ(青)は単純な2乗の予測(緑)より下側にずれていく。X線による試料の破壊過程を組み込んだシミュレーション(赤)を行うと、実験データを正しく再現することが可能だ。

画像3。2光子吸収のX線強度依存性

このような状況をコンピュータ上で再現すべく、1光子による光イオン化とその後の緩和過程や再度の光イオン化を取り入れて、試料の破壊に伴うさまざまな電子状態の原子がどのような個数分布をとっているかを調べるべく、研究チームはフェムト秒の時間領域でシミュレーションを実施した。

その結果を使って2光子吸収のX線強度依存性を計算、つまりX線による試料の破壊過程まで組み込んでの計算が行われたところ、実験結果とよく一致することがわかったのである(画像2)。さらに、この解析により壊れる前の物質が本来持っていた2光子吸収に関する固有の物理量である「2光子吸収断面積」を決定することに成功したという。なお2光子吸収断面積とは、2光子吸収が起きる時、光(X線)から見た「的」の大きさのことだ。大きいほど2光子吸収が起きやすい。

今回初めてX線の2光子吸収が観測されたことにより、そのほかの3次の非線形光学過程をX線領域で観測できることが示された形だ。2光子吸収や「非線形ラマン散乱」(照射した光が、物質内の励起エネルギー分、波長が長くなって散乱されるラマン効果を含む非線形光学過程)、「光カー効果」(光によって物質の屈折率が変化する効果)などは可視光領域では基礎科学から産業にまで広く利用されており、これらの非線形光学過程とXFELとを組み合わせた新しいイメージング法、分光法、X線光学素子といった応用が大いに期待できるという。

また、試料を破壊するほど強いX線を照射した場合でも、その過程をコンピュータ上で再現することにより、試料が本来持っていた性質を明らかにできることが示された形である。この解析方法は、今後XFELで強いX線を使う際に非常に役立つと期待できるという。

例えば、XFELで微小な結晶でタンパク質の構造解析を行う場合、小さな試料から十分な信号を得るために非常に強いX線が必要だ。その場合、照射中にフェムト秒の速さで試料が破壊されていくが、今回の研究の解析法を適応すれば、破壊される前の構造を解明することが可能になるとしている。