大阪大学(阪大)と理化学研究所(理研)は2月3日、これまで不可能であった厚い試料に対する高分解能でX線イメージングが可能であることを実証したと共同で発表した。

成果は、阪大大学院 工学研究科の高橋幸生准教授、同・博士後期課程1年・鈴木明大氏(日本学術振興会特別研究員)、理研 放射光科学総合研究センターの石川哲也センター長らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間2月4日付けで米科学雑誌「Physical Review Letters」オンライン版に掲載された。

X線イメージング技術はX線が高い透過力を有することから、物体の内部構造を非破壊で観察する方法として広く用いられている。医療診断、空港の手荷物検査におけるX線写真はその代表的な例だ。また、X線はオングストローム(Å)程の波長を有する電磁波としての性質も持つことから、原理的には、高い空間分解能を有する顕微鏡を構築することが可能だ。

しかし、X線を使って厚い試料を高い空間分解能で観察することは、容易なことでない。その理由の1つが、X線の波としての性質にある。通常、X線イメージングは、被写体の中をX線が真っ直ぐ進むという仮定のもとで行う。これは、被写体をX線の進行方向に対して投影した薄い物体であるとみなすことに相当し、これを投影近似と呼んでいる。

投影近似は、試料が薄く必要な空間分解能が低い時には適用できるが、逆に試料が厚く必要な空間分解能が高い時には適用が困難だ。すなわち、投影近似下では、試料中の最も厚い部分の厚さと達成可能な空間分解能はトレードオフの関係にあるといえる。

そこで研究チームは今回、「マルチスライスアプローチ」を取り入れた「X線タイコグラフィー」というX線イメージング手法により、試料が厚くても高い空間分解能を有するX線イメージングが可能であることを実証した。マルチスライスアプローチは、被写体を入射X線に垂直な薄い層の積み重ねとし、層間におけるX線波面の変化を考慮する解析法だ。

電子顕微鏡では、マルチスライスアプローチは一般的な解析法として用いられているが、X線顕微鏡では適用された報告はない。その理由の1つとして、現状で達成できているX線顕微鏡の空間分解能が低いことが挙げられる。空間分解能が低いため、多くの場合で投影近似が適用できていたのだ。

X線の空間分解能が乏しい理由の1つは、電子線のようにその進行方向を自在に変えることができないために、優れたX線用レンズの作製が難しいことが挙げられる。近年、レンズを用いることなく高空間分解能X線イメージングを実行可能な「コヒーレントX線回折イメージング」の研究が盛んに行われている。

今回用いたX線タイコグラフィーという手法もコヒーレントX線回折イメージングの1種だ。研究チームはX線タイコグラフィーの高度化に関する研究を進めていく中で、空間分解能が高くなると投影近似が適用できなくなり、今後、X線タイコグラフィーをさまざまな試料観察に応用していく上でこの問題は避けて通れないことが明らかとなったことから、今回の研究を着想するに至ったという。

試料には、2枚の窒化珪素膜を105μmのギャップで張り合わせた2層構造体を用いた。窒化珪素膜には厚さ50nmの白金が蒸着されており、集束イオンビーム加工によって1層目には「SACLA」(SPring-8に併設されているX線自由電子レーザー施設の名称)、2層目には「SPring8」の文字が描かれている。

X線タイコグラフィーの実験は、SPring-8のビームライン「BL29XU」にて行われた。7keVに単色化した放射光X線を全反射集光鏡により集束し、500nmサイズのスポットを形成。そして、集光点に試料を配置(上流側がSACLAの文字、下流側がSPring8の文字)し、散乱X線強度がCCD検出器で測定された(画像1・2)。

画像1(左):X線タイコグラフィーの光学系の模式図。画像2(右):試料の電子顕微鏡画像。

次に、観測された散乱X線強度パターンに位相回復計算を実行し、試料像の再構成が行われた。ここでは、マルチスライスアプローチを取り入れた「位相回復反復アルゴリズム」が用いられている。その結果、試料の1層目と2層目の位相像が分離して再構成された(画像3(a)・同(b))。

散乱X線強度パターンは、1つの入射方向からしか測定していないのに、3次元的な再構成像が得られていることは一見すると不思議だというが、2次元的に測定される回折強度パターンには、試料の3次元情報が含まれるというX線結晶学の理論に矛盾していない。

また、比較のために、2つの再構成像を重ねあわせた像(画像4(c))とスライス面間のX線波面の広がりを考慮しない従来の方法による再構成像(画像5(d))を比較するとその差は一目瞭然だ。従来法では空間分解能が悪く、多くのアーティファクトが出現している。

試料の再構成像。マルチスライスアプローチによって、2層構造を有する試料の1層目と2層目が分離して差構成された。従来法では、再構成像の空間分解能が悪くアーティファクトが多数現れているが、マルチスライスアプローチでは、空間分解能が高く、ほとんどアーティファクトが現れていない。画像3(左):(a、b)マルチスライスアプローチによって再構成された(a)1層目と(b)2層目の位相像。画像4(右):(c)(a)と(b)の像を重ねることによって導出した投影像。(d)従来法によって再構成された投影像。

分解能についてより詳細に評価するために、拡大像およびその断面についての調査も行われた。拡大像を同じ視野の電子顕微鏡画像と比較すると、微細な構造が両者で一致していることがわかる。すなわち、電子顕微鏡と同等の高い空間分解能を達成できているといえるという。

また、断面プロファイルからその空間分解能は約50nmであるとわかった(画像5・6)。理論的に、今回の実験条件において投影近似下で達成できる空間分解能は192nmであると見積もられる。すなわち、マルチスライスアプローチを取り入れることで、X線タイコグラフィーの空間分解能が4倍程度よくなったといえるとした。

試料の再構成像。画像5(左):一番左は画像3(a)の中で赤色の四角で囲った領域の再構成像の拡大図で、その右は同じ領域での電子顕微鏡画像。左から3つ目は画像3(b)の中で赤色の四角で囲った領域の再構成像の拡大図。一番右は同じ領域での電子顕微鏡画像。画像6(右):画像5で赤色の線で示した位置での断面プロファイル。

今後、厚い試料を高い空間分解能で観察できるこのイメージング法を用いたさまざまな試料観察への応用が期待されるという。例えば、3次元集積回路の微細配線や生体の骨組織の非破壊・高分解能・3次元観察への応用が考えられるとした。このような厚い試料は、機械加工により試料を薄くスライスして、電子顕微鏡で観察することが一般的だが、マルチスライスX線タイコグラフィーでは、試料非破壊で、かつ3次元的な観察を高い空間分解能で行うことが可能だ。

現状では、光軸方向に対する空間分解能は約20μmと光軸垂直方向と比べてかなり悪いことが問題だが、現在検討されているSPring-8の次期計画で実現する高輝度放射光源を用いることで、この問題はある程度解決できるという。

また、現状のSPring-8の光源性能であっても、試料を回転させさまざまな入射X線方向から測定を行うことで、3次元的な空間分解能を向上させることも可能だ。近い将来、マルチスライスX線タイコグラフィーが究極的な非破壊・高分解能・3次元X線イメージング法として大きく発展していくことが期待されるとしている。