久留米大学は、宮崎大学、大阪大学(阪大)の協力を得て、ラット由来「NADPH-シトクロムP450還元酵素(CPR)」が同酵素から電子を受け取るタンパク質の1つである「ヘムオキシゲナーゼ(HO)」と結合した状態(電子伝達複合体)の立体構造を決定したと発表した。

成果は、久留米大 医学部医学科の杉島正一 准教授、同・野口正人教授、同・佐藤秀明准教授、同・東元祐一郎 准教授、同・原田二朗講師、宮崎大学の和田啓 助教、阪大の福山恵一名誉教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部標準時間2月3日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン版に掲載され、印刷版にも掲載される予定だ。

「ヘム」は酵素やタンパク質が機能するために必要な物質の1つで、ヘモグロビン中では酸素運搬、「シトクロム」類では電子伝達、「ペルオキシダーゼ」や「シトクロムP450」では酸素や過酸化水素を活性化する補酵素として機能している。

ヘムは主に赤血球の新陳代謝に伴って、脾(ひ)臓や肝臓で日々分解されているが、その役割を担う酵素がHOだ。ヘム分解の生理的な役割は、不要なヘムの分解だけではなくて、(1)ヘムから鉄を取り出し再利用すること、(2)酸化ストレスに対する防御、(3)抗炎症や抗アポトーシスなどに関与する微量の一酸化炭素の生成の3種類と考えられている。特に(3)の役割は発がん機構とも関連するので、HOは抗がん剤の標的としても考えられているというわけだ。

HOがヘムを分解する酵素反応を行うためには電子の供給が必要で、それを供給するのがCPRだ。HOとCPRそれぞれの立体構造はX線結晶構造解析により解明されていたが、HOなどのCPRから電子を受け取るタンパク質とCPRとの複合体の立体構造は不明だった。特にCPRはその状態によって、立体構造が大きく変化することが知られており、HOやそれ以外の電子を受け取るタンパク質をどのように認識して、電子を受け渡すのかは不明だったのである。

今回、理化学研究所が所有し、高輝度光科学研究センターが運用する大型放射光施設「SPring-8」の生体超分子構造解析ビームライン「BL44XU」を利用した「X線結晶構造解析」により、HOとCPRが結合した状態の立体構造が明らかにされた(画像1)。またこの複合体の立体構造が溶液中でもほぼ同様であることを、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターの放射光施設「SAGA-LS」の局所構造ビームライン「BL11」を利用した「X線小角散乱」により明らかにされた

なおX線結晶構造解析とは、対象となるタンパク質の単結晶を作成しX線を照射することによって、精密な立体構造を決定することができる実験方法。またX線小角散乱とは、X線結晶構造解析と違って溶液状態でも立体構造情報を得ることができる、大まかなタンパク質の構造情報を取得する実験方法だ。

画像1。CPRとHOの電子伝達複合体構造。オレンジ(FAD結合ドメイン)と黄色(FMN結合ドメイン)はCPRの、ピンクはHOの立体構造をリボン図で示している。数字は距離をÅ単位で示している

X線結晶構造解析の結果、CPRは「open」と呼ばれる形でHOと結合していた。openではCPRに含まれる「FMN」がCPRの外側に露出している。CPRは補酵素として「FAD」とFMNを1分子ずつ結合している形だ。そして、一般的にNADPH→FAD→FMN→ヘムの順序で電子が受け渡されると考えられている。なおFADとFMNとはフラビン環を含む補酵素のこと。ビタミンB2(リボフラビン)から生合成され、生体内では電子伝達反応や青色光受容に用いられる。

CPRとHOの複合体中ではFMNとヘムが6オングストローム(Å:0.1ナノメートル=1000万分の1mm)程度の距離にあり、FMNからヘムへの電子伝達はスムーズに進むと考えられるという。しかしFADとFMNの間は20Å以上離れており、この形のままではFADからFMNへの電子伝達は困難だ。

従って、FADからFMNへの電子伝達時には「close」と呼ばれる形へのCPRのダイナミックな構造変化が生じて、NADPHからFMNへと電子を受け渡すと考えられるとする(画像2)。この構造変化によって、HOはCPRと立体的に衝突するので、CPRから電子を受け取った後にCPRから解離すると考えられていた。このようなCPRの構造変化を伴う電子伝達反応はHOとの場合だけではなく、シトクロムP450との電子伝達反応においても同様と考えられ、今回の成果の波及効果が大きいことが期待されるという。

画像2。CPRのダイナミックな構造変化とCPR-HO複合体の形成

HOはヘム鉄代謝に深く関与するが、その過程で出てくる一酸化炭素はがん細胞を保護する効果があると示唆されており、HOの適切な阻害による抗がん剤開発が期待されている。また、シトクロムP450は薬物、ステロイドホルモンやコレステロールの代謝に関与し、CPRの変異が原因の遺伝病としてステロイドホルモンの産生異常を示す「Antley-Bixlerシンドローム」が知られている。

今回の研究で得られたCPRとHOの電子伝達複合体の立体構造は、CPRとHOやシトクロムP450との相互作用を阻害もしくは増強する薬剤開発の構造基盤として、Antley-Bixlerシンドロームに対する薬剤、コレステロール代謝やステロイドホルモンに関係する病気に対する薬剤、抗がん剤の開発に対する貢献が期待されるとした。