京都大学(京大)やサッポロビールの研究チームは1月30日、ビールの原料などで知られるホップから抽出した成分の中にアルツハイマー病の発症を抑える効果を持つものがあることを、アルツハイマー病モデルマウスを用いて確認したと発表した。

同成果は、京大大学院生命科学研究科の垣塚彰 教授、同 笹岡紀男 研究員、同薬学研究科の竹本佳司 教授らによるもの。詳細は米国科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

社会の高齢化が進む日本において、認知症患者は年々増加することが見込まれており、その解決は重要な問題となっている。認知症の中でもアルツハイマー病は、脳内において産生されるアミロイドβ(Aβ)が凝集、沈着することで神経細胞死を引き起こし、記憶や学習能力の低下を招くと考えられている。また、Aβの産生には酵素「γセクレターゼ」が主要な役割を担っていることが知られており、阻害剤などの研究が進められている。

今回の研究は、そうしたアルツハイマー病の進行を予防するという観点から行われたもので、すでに安全性が確立されている漢方薬の原料の1つである植物エキスに着目し、その中からγセクレターゼの活性を低下させる成分を同定し、アルツハイマー病モデルマウスに投与し、発症予防の効果があるかどうかの検討を行ったという。

具体的には、簡便にγセクレターゼの活性を測定する手法として、Aβの前駆体タンパク質APP(amyloid precursor protein)3にGal4VP16という転写因子を結合させたタンパク質を培養細胞に発現させ、APPがγセクレターゼにより切断を受けると、ルシフェラーゼタンパク質が作り出されるという評価系を構築。

細胞内のγセクレターゼ活性の評価系

培地に評価する物質を加えた後、細胞溶解液を作製し、それに含まれるルシフェラーゼの活性を測定することでγセクレターゼの酵素活性を簡便に評価することを可能とした。

実際に同評価系を用いて、漢方薬の原材料を中心に約1600種類の植物エキスをスクリーニング。その結果、γセクレターゼ活性を最も強く抑制できるものとしてホップの雌株の球花のエキス(ホップエキス)(生薬名:啤酒花)が同定されたという。

ホップの雌株の球花

さらに、ホップエキス中の阻害活性をもつ主要成分を精製し、その構造を調べた結果、「Garcinielliptone HC」と呼ばれる物質であることを突き止めたという。ただし、同成分はビールにはほとんど含まれていないという。

これらの成果を受けて、研究では、新たにアルツハイマー病モデルマウス(ADマウス)を作製、ホップエキス2gを1リットルの水に溶かし、アルツハイマー病発症前の若齢期から、水の代わりに自由に飲めるようにし、その後、Morrisの水迷路を用いた行動実験を実施した。その結果、ホップエキスを摂取していないADマウスでは9カ月齢から記憶・学習能力に低下がみられたが、ホップエキスを摂取したADマウスでは記憶・学習能力の低下が観察されたのが15カ月齢以降となり、アルツハイマー病の発症を遅らせることができることが確認されたという。

9カ月齢、12カ月齢のADマウスの記憶・学習障害とそれに対するホップエキス摂取の効果。アルツハイマー病モデルマウスでは9カ月齢~12カ月齢で記憶・学習能力の低下が見られたが、ホップエキスの投与により記憶・学習能力の低下が抑制されることが確認された

また、18カ月齢の高齢のADマウスでは、不安行動の欠落(情緒異常)が認められたが、同エキス摂取マウスでは、そうした情緒異常は観察されなかったほか、脳内Aβの蓄積を調べた染色結果においても、同エキス摂取マウスは非摂取マウスと比較して有意にAβの沈着が減少していることが確認されたという。

なおサッポロビールでは、今回の成果を受けて、今後、アルツハイマー病の発症および進行を予防できる製品の開発につながることが期待されるとしており、今回の成果に基づいた知財権のライセンシングを受け、従来から保有するホップ育種、加工・利用技術ならびに分析技術を生かし、ホップエキスを含有する商品の販売を目指すとしている。