海洋研究開発機構(JAMSTEC)は1月23日、真核生物の1種である「Ciliophrys infusionum(シリオフリス・インフュージョナム)」(画像1)が、2種類の「リボソーマルRNA(rRNA)」遺伝子を持つことを発見し、さらに2種類のrRNA遺伝子の内の1つは、異なる真核生物から遺伝子が種をまたいでの「水平伝播」したものであることも明らかにしたと発表した。

成果は、JAMSTEC 海洋・極限環境生物圏領域 深海生態系研究チームの矢吹彬憲 研究員、同(海洋環境・生物圏変遷過程研究プログラム)・豊福高志チームリーダー、同・瀧下清貴 主任研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間1月23日付けで「The ISME Journal」に掲載された。

画像1。単細胞真核生物シリオフリス

ヒトはもちろんのこと、地球上のすべての生命体は、細胞内でタンパク質合成反応を担う細胞小器官「リボソーム」に含まれるRNAの遺伝子配列に基づき、生物階層構造の最上位の分類単位である3種類の「ドメイン」のいずれかに属する(画像2)。ヒトなどの動物や植物、菌類、原生生物などは「真核生物(ユーカリア)」に、大腸菌や納豆菌などの微生物は「真性細菌(バクテリア)」に、超好熱菌や高度好塩菌などの極限環境微生物の多くは「古細菌(アーキア)」に分類されるという具合だ。なお、真核生物とは、身体を構成する細胞の中にDNAを収納した細胞小器官「細胞核」を有する生物のことである。

画像2。地球上の生命体は最大の分類で3種類のドメインのいずれかに属する

ある環境中にどのような生物種が生息しているかを把握することは、生物学の主要な研究課題の1つだ。この研究課題を執り行う上で、近年盛んに用いられている研究手法の1つが、環境中に生息している生物相を、観察や培養を介さずに泥や水などの環境試料より直接抽出したDNAを解析することで推定する「環境DNA解析」である。同手法は、観察が困難な泥などの堆積物中に生息する生物や体細胞サイズが小さい微生物の存在を効率的に検出できる技術として、さまざまなフィールドにおける生物の多様性解析に用いられているところだ。

細胞1つで生きる真核生物の「単細胞性真核生物(真核微生物)」の多様性/分布に着目した環境DNA解析では、塩基配列の保存性が高く、かつ生物種間ごとの違いを検出しやすいことから、「18S rRNA」遺伝子の塩基配列が広く用いられている。18S rRNA遺伝子を含むrRNA遺伝子はリボソームを構成するRNA分子の情報を有しており、すべての生物種に共通して存在している。

またその性質上、水平伝播が極めて起こりにくい遺伝子だと考えられており、実際に真核生物からはrRNA遺伝子の水平伝播は報告されていなかった。このため、環境DNA解析においてrRNA遺伝子は信頼性が高い分子マーカーであると考えられてきたのである。

真核生物の多様性/多様化プロセスの解明を目的とした研究の一環として、研究チームは今回、鹿児島県薩摩川内市の甑島に位置する貝池より底泥の採集を実施。その試料中に生息していたシリオフリスの培養株を確立した。シリオフリスは、ヘテロコンタ下界・ヘテロコンタ上門・オクロ植物門デクティオカ藻綱に属し、バクテリアなどの小さな単細胞生物を軸足と呼ばれる針状の突起物で絡めとって捕食し生活している。この種は、細胞内に縮退化した葉緑体(白色体)を有していることから、2次的に光合成能を失った生物であることも特徴の1つだ。

確立されたシリオフリスの系統的位置を確認すべく、抽出したDNAを用いて18S rRNA遺伝子の増幅が行われたところ、異なる2種類の配列が存在することが発見された。アミノ酸配列や塩基配列を使って、生物間または遺伝子の進化的道筋(系統)を解明する「分子系統解析」から、それら2種類の18S rRNA遺伝子は、1つはシリオフリスが長い進化の中で祖先種から受け継いできたもの、もう1つは系統的に離れた「寄生性単細胞真核生物」パーキンサス類(アルベオラータ上門・ミゾゾア門・パーキンサス綱に属す)に起源を持つ配列(「アルベオラータ型18S rRNA遺伝子」)であることが示されたのである。

これまで真核生物では、18S rRNA遺伝子の配列は、基本的に1つの生物につき1種類であると考えられてきたため、パーキンサス類に起源を持つアルベオラータ型18S rRNA遺伝子がシリオフリスより検出されたことはこれまでにな驚異的な結果だという。

次にアルベオラータ型18S rRNA遺伝子が、真にシリオフリスのゲノム内に存在しているのかを把握することを目的として、シリオフリスの部分的なゲノム解読が行われた。その結果、アルベオラータ型18S rRNA遺伝子はシリオフリスのタンパク質コード遺伝子と近接して存在していること、つまりアルベオラータ型18S rRNA遺伝子はシリオフリスのゲノム内に存在していることが確認されたのである。

シリオフリスとパーキンサス類は系統的に遠く離れた生物であり、これまでシリオフリスに近縁な生物種から同様の報告はなされていなかったことから、今回確認されたアルベオラータ型18S rRNA遺伝子は、比較的最近にシリオフリスのゲノム上へ「水平伝播」によって獲得されたものであるとの結論に至ったとした。

画像3は、今回確認されたパーキンサス類からシリオフリスへの、rRNA遺伝子の水平伝播の概要図。一般的にrRNA遺伝子は、ゲノム内で18S rRNA/5.8S rRNA/28S rRNAという3つを1セットに並んで存在している。今回確認された水平伝播では、この1セットがそのままの形で伝播したことがゲノム塩基配列によって示唆された形だ。

そして画像4は、今回確認された2種類の18S rRNA遺伝子配列の起源を示す分子系統樹。統計学において用いられる、結果から前提条件を推測するための手法の「最尤法」によって構築された。白枠内赤字で示したものが今回、獲得/解析した2種類の配列。

なお遺伝子の水平伝播(あるいは水平転移)とは、遺伝子が世代を通じて垂直方向へ伝播する以外に、異なる生物種をまたいで水平的に伝播することをいう。水平伝播した遺伝子は、伝播先の生物ではなく伝播元となった生物の系統的情報を有しているため、分子系統解析など生物の系統推定を行う際に問題となるという、実は少々厄介な存在だ。

画像3(左):今回確認されたパーキンサス類からシリオフリスへの、rRNA遺伝子の水平伝播の概要図。 画像4(右):今回確認された2種類の18S rRNA遺伝子配列の起源を示す分子系統樹

今回の発見では、真核生物における18S rRNA遺伝子の配列は、基本的に1つの生物につき1種類であるという強固なはずだった考えが崩れ去るものであると同時に、環境DNA解析によって真核微生物の多様性を議論する際の新たな問題点も浮かび上がらせた形だ。つまり環境中に「生物種A」が存在していなくても、水平伝播によって獲得された「生物種AのrRNA遺伝子」を持つ「生物種B」が存在することで、環境DNA解析からは生物種Bの存在と共に生物種Aの存在もまた示唆されてしまうという問題である。

現時点では真核生物間でのrRNA遺伝子の水平伝播が、自然環境中でどの程度の頻度で起こっているのかは不明なため、今後検証する必要があるとしているが、分子配列のみに着目し環境中の真核微生物の多様性を議論する際の新たな注意点になると考えられるという。

またこれまでの環境DNA解析結果に着目すると、所属が不明な新規系統がいくつも報告されている。これは環境中に未発見の真核生物が多く存在することを示唆しており、その内のいくつかは真核生物進化のごく初期に分岐したものと推定されることから、それらの未発見生物を同定・解析することが、真核生物の初期進化を理解する上でも重要であると考えられているという。

この新種候補生物については、現在多くの研究者により探索・調査されているが、今回の成果により、今後は調査が行われた環境(最初に配列が確認された環境)に本当に存在しているのか詳しく確認していく必要性が示されているとした。