理化学研究所(理研)は1月23日、マレーシア科学大学との共同研究により、ラン藻に微生物の遺伝子を導入し、光合成だけで高効率にバイオプラスチックを生産することに成功したと発表した。

成果は、理研 環境資源科学研究センター バイオマス工学連携研究部門 合成ゲノミクス研究チームの松井南チームリーダー、マレーシア科学大 生物学部のSudesh Kumar(スーディッシュ・クマール)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間1月23日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

バイオプラスチックは生物由来のプラスチックであり、微生物などが作る炭素を主鎖としたポリマーで、「ポリ乳酸」、「ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)」などが含まれる。現在、飲料容器や、車の内装、パソコンなどあらゆる用途に使われ始めている。また、微生物による分解性(生分解性)を備えた素材も開発され、石油由来のプラスチックにはない、環境負荷低減効果が期待されているところだ。

ただし、現状では安価に大量生産できるかというと、まだまだ課題がある。前述したバイオプラスチックの1種であるPHAの生産では微生物が使われているが、培養にグルコースなどの糖が必要であるほか、特別な施設を作らなければならないため、生産コストが高くなってしまうのだ。

PHAは、「カプリアビダス ネカトール」などの微生物で、「アセチルCoA」から酵素「PhaA(βケトチオラーゼ)」により「アセトアセチルCoA」に変換され、さらに酵素「PhaB(アセトアセチルCoAレダクターゼ)」によって「3ヒドロキシブチルCoA」へ変換される。そして最後に、酵素「PhaC(PHA重合酵素)」によって、3ヒドロキシブチルCoAからPHAが作られるという流れだ。

植物や光合成微生物によるバイオプラスチックの生産技術の開発は世界中で進められているが、その生産性は使用する植物や微生物の乾燥重量の数%以下と低く、また生育遅延などの問題も報告されている。

藻類はCO2を炭素源とした光合成により、ほかの栄養源を必要とせずに生育することが可能だ。そこで研究チームは今回、まずラン藻にPHAを生産させるため、PHA生産に必要なphaA、phaB、phaC(カプリアビダス属由来)を作る3つの遺伝子を導入した。しかし、PHAはほとんど生産されないことが判明したのである。なおラン藻とは、炭水性の藻類。単細胞の原核微生物であり、光合成によって増殖することが可能だ。遺伝子導入法が確立されている。

そこで、phaA遺伝子の代わりに放線菌「Streptomyces sp. CL190」由来の「nphT7」遺伝子が導入され、PHA生産の代謝経路の変更が試みられた。PhaAが可逆反応を起こす酵素であるのに対し、nphT7遺伝子が作る酵素「NphT7」は、一方向の不可逆反応を起こす酵素のため、PHA生産の流れを強制的に起こすことができる。さらに、マレーシア科学大が単離したクロモバクテリア属由来のphaCも導入され、さらなる生産効率の向上を目指して研究が進められた。

画像1は、開発されたPHA生産の代謝経路。青線が、ラン藻にPHAを生産させるためにまず導入された、PHA生産に必要なphaA、phaB、phaC(カプリアビダス属由来)という3つの酵素の経路だ。ただし、アセチルCoAからアセトアセチルCoAへの、PhaAの合成能力が弱いため、PHAはほとんど生産されなかった。

そこで導入されたのが赤線の、phaA遺伝子の代わりにアセチルCoAと「マロニルCoA」からアセトアセチルCoAを作り出す酵素を作る放線菌属由来のnphT7遺伝子およびクロモバクテリア属由来のphaC遺伝子の経路である。PhaAは可逆反応を示す酵素だが、NphT7は一方向の不可逆反応を示す酵素のため、PHA生産への流れを強制的に起こさせることができたというわけだ。

画像1。開発されたPHA生産の代謝経路

phaA遺伝子の代わりにnphT7遺伝子を導入したラン藻を、糖を含まない無機塩類の培養液で育成し、空気中のCO2を炭素源とした光合成を行わせた結果、ラン藻の乾燥重量の14%にあたるPHAの合成に成功したという(画像2・3)。この値は、光合成だけを使ったPHA生産の世界最高値になる。さらに、炭素源として0.4%の酢酸を加えたところ、この生産効率が向上し、世界最高レベルとなるラン藻の乾燥重量の41%までPHAを生産させることができた(画像4~6)。

独自に開発されたラン藻培養装置。ラン藻培養装置(画像2(左))とコントローラ(画像3)。CO2濃度、光強度、温度をコントロールできる

ラン藻の細胞内に蓄積されたPHA。nphT7(放線菌由来)、phaB(カプリアビダス属由来)、phaC(クロモバクテリア属由来)が導入されたラン藻についてPHAが蛍光染色された。画像4(左):赤色は、ナイルレッドで染色されたPHAが存在することを示す。画像5(中):ラン藻の細胞。画像6(右):上の2つの画像を合わせ、PHAがラン藻の細胞内に蓄積されていることがわかる。撮影:環境資源科学研究センター豊岡公徳上級研究員、Ng Kiaw Kiaw国際プログラム・アソシエイト

光合成によるバイオプラスチックの生産は太陽光だけで可能であり、高価な栄養源が不要だ。このため、今回のラン藻による高効率のバイオプラスチック生産方法の開発によって、生産コストが低減され、製品も安価に提供できるようになると期待できるという。

ラン藻は繁殖力が強い藻類だ。ゴムの主成分の「イソプレン」、バイオエタノールの「イソブチルアルコール」などの化合物の生産も報告されている。今回の研究で見出した改変代謝経路は、これらの物質への生産力向上にも応用することが可能だという。また、新しく導入した代謝経路による細胞全体の変化を調べるためにラン藻の全遺伝子の発現解析が行われ、生産性向上のために必要な遺伝子候補も見出された。これらの成果を活用し、太陽光によるクリーンで安全なバイオプラスチック生産プロセスを構築できると期待できるとしている。