物質・材料研究機構(NIMS)は1月17日、ナノテクノロジーを応用することで、可視光でも活性化できる光触媒材料の開発に成功したと発表した。

同成果は、NIMS 高分子材料ユニット 界面機能グループ 三木一司グループリーダーらによるもの。京都大学 化学研究所と共同で行われた。詳細は、「Light:Science & Applications」に掲載された。

常温で光エネルギーのみを利用し、環境への負荷も少ない光触媒技術は、太陽エネルギーの水素エネルギーへの変換技術をはじめ、環境問題解決の切り札として注目されており、中でも光触媒を用いて水を直接分解し、水素燃料を製造するプロセスは、二酸化チタンやチタン酸ストロンチウムなどの粉末光触媒により、紫外線照射下で水が完全分解できることが明らかになっって以降、盛んに研究開発が行われてきた。しかし、現在、幅広く研究されている二酸化チタン(TiO2)は、太陽光の4%程度を占める紫外線でしか光触媒反応を起こさないことから、より光触媒技術を有効活用するためには、太陽光の約43%を占める可視光を効果的に利用できる高い可視光活性を持った触媒の開発が求められていた。

こうした触媒の研究は、大きく二酸化チタンの改良研究と、二酸化チタン以外の可視光応答型光触媒材料の研究に分けられ、二酸化チタンの改良研究では、1980年代以降、紫外線も可視光も吸収する第2世代の素材としてある種の色素を可視光吸収体として利用する色素増感法の研究や遷移金属イオンや窒素、炭素、硫黄などの非金属イオンを二酸化チタンに添加し、電子構造を変えて可視光吸収能を最適化する元素添加法の研究などが行われてきた。しかし、現状ではいずれも十分な性能は得られていない。また、二酸化チタンとは異なる新しい可視光活性型の光触媒の開発も進められてきたが、その量子収率は数%程度で、実用化という点では性能が不十分だった。

今回、研究グループは、直径36nmの金ナノ粒子を有機分子(アルカンチオール分子)で表面修飾した構造を用いることで導電性基板上に近接場光を用いたモデル光触媒構造を作製した。金ナノ粒子を透明電極材料であるITO基板上に配列化させ、可視光照射で金ナノ粒子近傍に強い光(近接場光)を発生させる。金ナノ粒子間の間隙には、光輝度が強いホットスポットと呼ばれる部分があり、集光したレーザ光と同様な非線型現象が生じるため、可視光の光子2個から紫外光に相当する光励起を起こすことが可能となる。この光励起は、二酸化チタンを光触媒として活性化させることが可能であり、ホットスポットと二酸化チタン光触媒をいかに近づけて固定するかが性能向上のポイントとなる。今回の研究では、疎水性と親水性の性質の異なる結合部位を有する界面活性剤分子、具体的にはTMOS分子を用いることで、触媒の固定化を実現できた。TMOS分子は1nm程度の分子層を形成し、疎水性部位が金ナノ粒子表面に固定化され、親水性部位が二酸化チタンを結合する足場となる。今回の研究では、直径3.5nmの大きさの二酸化チタン微粒子を結合することで、二酸化チタン薄膜層を形成させたという。作製された新型光触媒は、光発生層になる金ナノ粒子層、金ナノ粒子と酸化チタン微粒子を繋ぐ結合層、光触媒になる酸化チタン微粒子層の3つの層で構成されている。

新型光触媒の模式図。新型光触媒は3層構造になっている。(左)アルカンチオール分子で被覆された36nmの金ナノ粒子を平坦なITO基板上に配列させる。(中央)TMOS分子層を形成。TMOS分子の一方は疎水性で金ナノ粒子上に固定化され、他方は親水性で酸化チタンが結合することができる。TMOS分子層の厚さは1nm。(右)最後に、酸化チタン微粒子層を形成する

今回実証された光触媒は、溶液中にコロイド状に分散して用いる均一触媒ではなく、取り扱いが容易な基板上に固定して用いる不均一触媒であるため、貴金属を浪費しないという特徴がある。1cm2の試料の光触媒能を染色色素(メチレンブルー)の分解反応を用いて調べたところ、新型光触媒では、太陽光に近い広帯域可視光照射時の反応速度が二酸化チタン単独の場合の6.5倍であることが分かり、可視光応答型光触媒として優れた特性を持っていることが判明した。

新型光触媒の光触媒反応速度。新型光触媒(赤)、酸化チタン単体(青)上での染色色素(メチレンブルー)の分解反応速度の比較。照射光は何れも可視光(波長:422~750nm)。この分解反応は光触媒の性能判断として良く用いられる。左上の補助図で明らかなように、新型光触媒(赤)のメチレンブルーの分解反応速度は、酸化チタン単体(青)に比べて6.5倍速い。つまり、可視光では新型光触媒の光触媒活性が酸化チタン単体に比べて優れていることを示している

今回の成果は、酸化チタン光触媒を、光電極システムの薄膜電極材として利用したり、あるいは適切な還元材料と組み合わせて利用したりすることで、水分解による水素製造や、二酸化炭素の還元による燃料・資源の合成などへの応用を可能とするのみでなく、有害化学物質の分解・除去にも利用できるとのことで、光触媒の応用先の拡大が期待されるという。また、今回は可視光を利用して酸化チタン光触媒が活性化できることを実証したものであり、次の段階では2つの電極を分離し、水素の発生を実証する予定であると研究グループではコメントしている。