東北大学と大阪府立大学は1月10日、植物の枝分かれ制御ホルモン「ストリゴラクトン」の生合成における真の中間物質が「カーラクトン」であることを突き止めたと共同で発表した。

成果は、東北大大学院 生命科学研究科の瀬戸義哉助教、同・山口信次郎教授、大阪府立大大学院 生命環境科学研究科の秋山康紀准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に近日中に掲載される予定。

ストリゴラクトンは今から40年以上前に見つかった植物ホルモン(植物の成長を制御する化学物質の総称)の1種で、栄養に応答して植物の枝分かれを調節するために働く重要な化合物だ。

それだけでなく、ストリゴラクトンは植物の根から分泌され、菌根を作って植物と共生する菌類の「菌根菌」など、ほかの生物とのコミュニケーションにおいても重要な役割を担う。なお土壌中の糸状菌が、植物の根の表面または内部に着生したもの「菌根」といい、菌根菌は植物に着生後、土壌中に菌糸を張り巡らし、主にリン酸や窒素を吸収して宿主植物に供給する。その代わりにエネルギー源として、植物が光合成により生産した糖などの炭素化合物を得るというわけだ。そのため、植物は菌根菌と共生することにより、栄養分の乏しい土地での育ちが改善されるのである。

40年におよぶ研究の中で、ストリゴラクトンを作ることのできない突然変異体を用いた解析から、2種類の「カロテノイド酸化開裂酵素(carotenoid cleavage dioxygenase:CCD)」である「CCD7」と「CCD8」がストリゴラクトンの生合成に関与することが判明。カロテノイドとは炭素数40の「テルペノイド」の1種で、植物では色素体(葉緑体)中で生合成される。トマトの「リコペン(リコピン)」やニンジンに多く含まれる「β-カロテン」もその1種だ。

美容やアンチエイジングなどでもてはやされているのは、2重結合を多く含むため抗酸化作用が強く、動物では食餌から吸収されてビタミンAとなるなどの特徴があるからである。そしてCCDは、カロテノイドの特定の二重結合を酸化的に開裂して、「アルデヒド」または「ケトン」を生成する酵素だ。

高等植物のCCDにはいくつかのグループがあり、大きく分類すると、揮発性香気成分の合成に関わる「CCD1」、植物ホルモンの1つ「アブシジン酸」の生合成に関わる「9-cis-エポキシカロテノイド開裂酵素(NCED)」、今回報告した枝分かれ抑制ホルモンのストリゴラクトンの生合成に関わるCCD7とCCD8などがある。また、イネの「dwarf27」という突然変異体の原因遺伝子がコードするタンパク質「D27」も、ストリゴラクトンの生合成に関与することが報告されたのである(画像1)。

2012年にドイツの研究チームはこれら3つのタンパク質の機能解析を実施。その結果、試験管内でβ-カロテンをこれら3つの酵素と作用させることで、ストリゴラクトンとよく似た化学構造を持つ化合物が合成されることを発見し、その化合物を「カーラクトン」と命名したというわけだ(画像2)。

そして、カーラクトンがストリゴラクトンと同じようなホルモン作用を有していることがわかったことから、カーラクトンがストリゴラクトンの生合成における中間物質であることが予想された(画像1)。しかしその一方で、カーラクトンが本当にストリゴラクトンの生合成中間体なのかどうかについての直接的な証明はなされていなかった。

画像1(左):ストリゴラクトンの推定生合成経路。 画像2(右):ドイツのグループの成果。β-カロテンとストリゴラクトン生合成に関与する3つの酵素を反応させることで、カーラクトンが合成された

カーラクトンはストリゴラクトンの生合成中間体であるという予想に関して、特にポイントとなっていたのが、カーラクトンがストリゴラクトンの前駆物質となり得るのか否か、また植物が体内で本当にカーラクトンを作っているのかどうか、という2点が未解明であることだ。

この2点を解明するため、研究チームは今回、まずカーラクトンの安定同位体標識化合物を化学合成によって調製。次に、この安定同位体標識カーラクトンをイネに投与し、植物体内でストリゴラクトンに変換されるかどうかを調べたのである(画像3)。その結果、安定同位体標識されたストリゴラクトンが生産されることが発見され、カーラクトンがストリゴラクトンの前駆物質であるということが証明されたというわけだ。

続いて、カーラクトンが実際に植物における内生物質として存在するかどうかが調べられた(画像4)。カーラクトンは非常に不安定な物質だが、研究チームは高感度質量分析計を利用することにより、イネとシロイヌナズナから内生カーラクトンの検出と同定に成功したのである。質量分析計とは、試料をイオン化し、化合物の質量電荷比(質量を電荷数で割った値)を求める分析装置のことである。既知物質の同定や定量に利用され、高感度な検出が可能であることから、ホルモンのような生体中の微量物質の分析に有用な方法だ。

以上の結果から、試験管内でなされた実験により見出されたカーラクトンが、植物の内生物質として存在し、実際にストリゴラクトンに変換されるということが解明されたというわけだ。

今回の研究によって得られた成果。画像3(左):安定同位体で標識したカーラクトンがイネに投与されたところ、カーラクトンがイネ植物体内でストリゴラクトンに変換されることが確かめられた。※は安定同位体の位置を示している。 画像4(右):イネやシロイヌナズナの植物体から、質量分析計を用いた分析により、カーラクトンが内生の物質として存在することが証明された

植物の枝分かれは、最終的な花や種子の数を決める重要な因子である。従って、枝分かれを制御することは、作物の生産性や栽培作業の効率化に深くつながることが期待でき、ひいては農作物やバイオマスなどの増収研究にも貢献することが期待されるという。

今回の研究では、ストリゴラクトンが植物の中でどのように生合成されるのかを明らかにすることに成功した形だ。生合成経路の詳細が解明されれば、それをターゲットにした薬剤を見出すことにより、人為的に枝分かれを調節する技術を開発することも可能になるのである。

なお、ストリゴラクトンはホルモンとしての作用だけでなく、実は不利な点も持つ。特にアフリカにおいてソルガムやトウモロコシなどの農作物で大きな被害を出している、別名「ウィッチウィード(魔女草)」とも呼ばれる根寄生雑草「ストライガ」などの発芽を誘導してしまうという、不利な生理作用も有しているのだ。

ストライガはストリゴラクトンを認識しない限りは種子のまま何年も休眠し続けるが、ストリゴラクトンを認識すると発芽して近くの植物の根に寄生し、宿主植物から栄養を吸収してしまう。ストライガに寄生された植物は著しく生育が抑制されてしまうため、アフリカにおける同寄生植物の撃退は、食糧生産上の重要な課題となっているのだ。なお、ストライガは主に単子葉植物に寄生するが、双子葉植物に対する寄生雑草としてはオロバンキ(ヤセウツボ)が知られている。

寄生雑草防除の1つの有効な手段は、宿主となる植物において、寄生雑草種子の発芽を誘引するストリゴラクトンの生産を抑えるということが挙げられるという。ストリゴラクトンの生合成経路が解明されるということは、こういった寄生雑草に対する防除策を開発する上でも重要なことだと考えられるとしている。