理化学研究所(理研)と国立循環器病研究センター(国循)は1月9日、京都大学の協力を得て、脳卒中発症後の運動障害から脳神経回路が回復するメカニズムを解明したと共同で発表した。

同成果は、理研 ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能構築イメージングユニットの林拓也ユニットリーダー、京大 医学研究科附属脳機能総合研究センターの武信洋平研究員、国循 脳神経内科の長束一行部長らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2013年12月29日付けでオンラインジャーナル「Neuroimage:Clinical」に掲載された。

脳血管障害の国内患者数は120万人を超え(平成23年厚生労働省調査)、この障害が原因の死亡者数は年間13万人以上と、死亡原因の3位となっている(平成24年厚生労働省調査)。脳卒中は急性の脳血管障害による疾患を指し、言語障害、運動障害、感覚まひなどの神経症状を示すのが特徴だ。発症後の日常生活の自立度を大きく左右する運動障害は、リハビリテーションによってある程度回復するものの、その詳細な回復メカニズムは実はわかっていなかった。

運動機能の回復期間は発症後3カ月間で、この過程では脳卒中発症後に生き残った神経細胞による脳神経回路の再構築が行われると考えられている。これまで、機能的MRI(核磁気共鳴画像装置)を用いた画像診断により、残存する運動関連大脳皮質の神経細胞の活動が発症後早期から変化することが知られていたが、その後の運動機能の回復との関連性は明確ではなかった。そこで研究チームは今回、運動機能の詳細な回復メカニズムの解明に取り組んだというわけである。

今回の研究は、脳卒中発症直後のMRI診断の結果から、運動障害の主要因である大脳皮質から脊髄へとつながる「神経線維連絡路(錘体路)」に障害が限られている患者10名を対象として実施された。3カ月間のリハビリテーションが行われる過程で、運動機能と脳内の「神経線維連絡性」について時間を追った観察がなされ、さらに先端的画像技術である「拡散テンソルMRI法」を利用した神経線維連絡性が評価された。

なお神経線維とは、神経細胞の突起の内、最も長い突起、つまり「軸索」のことをいう。脳神経回路は、それぞれの神経細胞が神経線維(軸索)を伸ばし、特定の神経細胞の樹状突起にたどり着き、つながることで築かれる仕組みだ。また錘体路とは、大脳皮質から脊髄もしくは大脳皮質から脳幹部に至る神経線維連絡のことをいう。その多くを構成するのが、大脳皮質に存在する運動ニューロンからの神経線維(軸索)だ。進化的に新しい構造物であり、手指の精緻な運動など高度な運動制御と情報伝達を担っていると考えられている。さらに拡散テンソル画像法とはMRIの1種で、水分子の拡散が生体内の構造の影響を受ける性質(拡散異方性)を利用し、脳内の線維構造(神経連絡)を画像化する手法だ。

そしてリハビリテーションが行われる過程での観察の結果、運動機能は3カ月かけて徐々に回復することが判明(画像1)。また、拡散テンソル画像では、障害がある側の錐体路で、神経線維の変性を示す「拡散異方性の低下」が徐々に進んでいることが観察された。

拡散テンソル画像法では、一定方向に向かって連続する神経線維が拡散異方性として表されることから、拡散異方性の低下は神経線維の変性度とよく相関する形だ。これは錐体路の途中で神経線維が脳血管障害により分断され、神経線維の変性が進んだものと考えられる。

一方で、脳の中心付近深部にある「赤核」や「脳梁中部」で神経線維の再構築を示す「拡散異方性の上昇」が観察された(画像2)。赤核は、脳深部中心付近の中脳と呼ばれる部位に存在する神経細胞が集まった核だ(鉄分を多く含みピンク色を呈することからこのように名付けられた)。

赤核から脊髄に至る神経線維は「赤核脊髄路」と呼ばれ、両性類や鳥類など広く脊椎動物の四肢の運動制御に関わっていると考えられている。ヒトを含め霊長類動物では、大脳皮質が顕著に発達して錘体路による運動制御が主体となっており、赤核は退化していると考えられており、実は正確な赤核の機能はわかっていない。

また、左右の大脳半球を連絡する主要な前後方向に長い構造物で、梁(はり)のように左右方向に走行する神経線維から構成されているのが脳梁だ。その内の、中部は運動関連野を主に連絡して、左右半球間の情報のやりとりを担当している(全部は左右の前頭前野を、後部は左右の視覚野を主に連絡している)。

この赤核や脳梁中部は、前述したように運動関連部位と連絡する部位として知られ、特に赤核は脊髄への連絡路を持つことが知られている。そこで、次に赤核における拡散異方性の上昇度と運動機能の回復の程度の関連が調べられた。すると、正の相関性が見られることが判明したのである(画像3)。これは、赤核における神経線維の再構築が運動機能の回復と関係していることを示唆しているという。

脳卒中発症後の運動機能回復と脳内の神経線維構造の変化。画像1(左):運動機能の回復の時間経過脳卒中発症後、3カ月間にわたるリハビリテーション中に3回の運動機能測定が行われた。3カ月間で徐々に回復した。 画像2(中):拡散テンソル画像で見た拡散異方性の変化脳梗塞の部位(ピンク~白、大脳深部で錐体路が通る部位に位置する)では拡散異方性の低下(水色~青色)が見られ、神経変性が進展していることが示された。一方、赤核では拡散異方性の上昇(黄色~赤色)が見られた。 画像3(右):赤核における拡散異方性の上昇と運動機能回復の関係両者に正の相関が見られた

前述したように赤核は進化的に古い脳部位で、両生類やは虫類、鳥類などの動物において前・後肢の運動制御を行っているものと考えられている。実は、過去の動物実験においても錐体路障害後の運動機能回復に赤核から脊髄への連絡路が関わっていることが確認されていたという。しかし、系統的に進化した動物では赤核は退化していると考えられ、ヒト脳での赤核の機能的意義も十分にわかっていない。

今回の結果は、このように進化的に古い脳部位が、脳損傷後のリハビリテーションにより活性化され運動障害の回復に寄与する可能性が示唆され、これまでの見方に修正を迫るものになったといえよう。今後、脳卒中の運動障害からの回復に際して、赤核から脊髄系を含む神経経路の再構築・強化を組み合わせた新しい治療法の開発や、リハビリテーション法そのものの最適化の可能性が考えられるとしている。

また、今回の発見を可能にした拡散テンソルMRI画像法は、運動障害の回復に関わる脳神経回路の可視化に非常に有用であることも実証された。今後の技術開発により一般病院のMRI装置でもこの方法が可能になれば、脳卒中患者の予後を正確に診断する技術として臨床応用が進むと期待できるとしている。