東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)は1月9日、カブリIPMUが参加している宇宙地図作製プロジェクトである「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ III(SDSS-III)」の4つのプログラムの1つ、「バリオン音響振動分光サーベイ(BOSS:Baryon Oscillation Spectroscopic Survey)」のチームが、60億光年彼方にある銀河までの距離を誤差1%の精度で測定したと発表した。

成果は、米・ローレンスバークレー国立研究所のデビッド・シュレーゲル氏ら国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間1月8日に米国ワシントンDCで開催中の米国天文学会においてに発表された。

宇宙では遠方になればなるほど地球からその天体までの距離を性格に求めることは難しくなる。しかし、距離さえわかればほかの物理量を推定することがとても容易になることから、距離の決定は非常に重要なのである。

歴史的にも天文学者たちはこれまで、さまざまな方法で距離の測定を試みてきた。これが太陽系内の各惑星までの距離なら、現在ではレーダーを使うことで精度よく求めることができる。しかし、太陽系外のより遠方の天体までの距離を測るには、精度の落ちる測定方法に頼らざるを得なかった。

またどのような測定方法を選んでも、測定誤差はつきもので、どの程度の測定誤差があるのかをパーセンテージで表す必要がある。例えば、東京駅と新大阪駅の直線距離約400km(正確には403.843km)を、実際の距離から誤差4km以内で測定できれば1%の精度となるというわけだ。

これまで1%の精度で距離が測定できたのは、太陽の近傍にある数100の恒星や恒星の集まりのみだ。すべて我々の天の川銀河内の、数1000光年以内の距離にある星々である。BOSSプログラムでは、この星々の100万倍も彼方にある銀河までの距離を、これまでにない精度で測定し、宇宙地図を作製しているというわけだ。

この高精度の距離測定によって、BOSSチームは、宇宙膨張を加速させていると考えられており、全宇宙のエネルギー(質量も含む)の約70%に当たるとされる「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」を探る新しい手がかりを手に入れることに成功したという。

SDSS-III のディレクターである米・ハーバード大学のダニエル・アイゼンスタイン教授によれば、「私たちはダークエネルギーのことをまだよくわかっていないが、その性質を測定することは可能です。測定した値を宇宙モデルから期待される値と比較することによって、私たちの宇宙モデルを検証することができるのです。さらに精度が上がれば、よりよく宇宙を理解することができるでしょう」とする。

60億光年彼方にある銀河までの距離を1%の精度で測定するためには、太陽系内の惑星や天の川銀河内の星々までの距離を測定するのとはまったく異なる手法を取り入れる必要があるのはいうまでもない。従来は、系外銀河までの距離は、Ia(いちえー)型超新星が用いられてきた。しかし今回ものさしとして利用されたのが、「バリオン音響振動」というわけである。

BOSSは、SDSS-IIIを構成する4つのプロジェクトの内で最も大きな割合を占めており、宇宙に存在する銀河の分布に周期的に現れるわずかな波紋であるバリオン音響振動を測定するために計画された。バリオン音響振動とは、誕生間もない宇宙の中を駆け抜けていた音波の痕跡だ。

真空の宇宙空間でなぜ音波が発生するのかというのは疑問に思うところだろうが、それはビッグバンから間もない初期の宇宙が高温で密度が高かったため、気体や液体のように密度の波を伝えられたからである。宇宙は今から誕生後約38万年の時点で「宇宙の晴れ上がり」が起きるよりも以前は、まだ陽子や中性子で構成される原子核が電子をとらえて原子となっていなかったため、光は相互作用を受けて直進することができず、遠くへ届かなかった。その代わりに密度の波が伝播していっていたと考えられており、その密度の波の伝播をバリオン音響振動というわけだ。なおバリオンとは、陽子や中性子などを含む粒子の種類のことである。この宇宙初期の波紋の大きさ(宇宙マイクロ波背景放射のムラ)は、NASAが2001年に打ち上げた「WMAP衛星」などの観測により正確に知られている。

このバリオン音響振動を用いたものさしの目盛りは約5億光年で、宇宙の遥か彼方まで正確に距離を測るのに使うことが可能だ。ものさしが遠くにあれば目盛りがより小さく見えるという単純なからくりを使って遠方宇宙までの距離を測定するのである。

画像1は、バリオン音響振動の波紋をイメージしたものだ。宇宙創成38万年後、電子と原子核が結びつき、密度のゆらぎが解放された光のわずかな温度のゆらぎ(左端:緑と赤の濃淡)として現れ、バリオン音響振動の波紋の大きさが約5億光年(150メガパーセク)として観測される。その後、数10億年かけて密度のゆらぎが銀河密度分布となる(右端)。銀河密度分布から波紋の大きさ(みかけの角度)を観測することにより、距離を知ることがかのうというわけだ。宇宙の歴史の各時代(横軸:赤方偏移)ごとの波紋の大きさを調べることにより、宇宙膨張の歴史を探ることができるのである。

画像1。バリオン音響振動の波紋 (Illustration courtesy of Chris Blake and Sam Moorfield)

ただし今回の測定には、120万個の銀河の正確な地図を作製する必要があった。BOSSは、1000個の銀河の3次元の位置を1度に測定できる専用の装置を使っている(画像2・3)。SDSS-IIIの観測には、米国ニューメキシコ州アパッチポイントにある2.5m望遠鏡(画像4)が使われており、晴天ならすべてがうまくいけば1晩で8000個以上の銀河を地図に加えることが可能だという。

画像2(左):1000本のファイバー(赤と青)が焦点面にある板(プレート)に毎夜、手作業で銀河のある位置に正確に配置される。ファイバーは分光器につなげられ、一度に1000個の銀河のスペクトルを得ることができるというわけだ。これにより3次元地図を作製することができるのである。Photo credit:Nao Suzuki 画像3(中):これまでに使われた画像2のプレートの数々。1枚1枚に天空の銀河の配置が正確に刻まれている。これまで数1000枚のプレートが使われ、宇宙地図を作り上げてきた(Photo credit:Nao Suzuki)。 画像4(右):SDSS望遠鏡(Image courtesy by David Kirkby)

BOSSチームは、1年前に初期データからの銀河地図を発表していたが、今回の解析では前回の倍以上の領域を使ったことにより、より高精度の測定が可能になった。また新しいデータは、近傍から遠方までの宇宙の距離測定を可能にしている。測定を近傍と遠方で行うのは、宇宙膨張が時間と共にどのように変化してきたか、なぜ加速し始めたのか、手がかりを得ることができるからだ。

この銀河地図を使って、アインシュタインの一般相対性理論を検証する研究もカブリIPMUの斎藤俊特任研究員を含むBOSSプロジェクトチームによって行われた。加速膨張する宇宙は、正体不明のダークエネルギーではなく、アインシュタインの重力理論の修正によって説明できるのではないのか? という疑問に答えるためだ。

斎藤研究員は、1億光年という大きなスケールで重力的に銀河がどう集まっているのかを観測し、「赤方偏移歪み」と呼ばれる効果を精密に測定して重力理論の検証を行った。斎藤研究員は今回の研究に対し、「地球上で物が落下するときの速さが地球による重力で決まるように、銀河がどのような速さで動いているかを見れば、重力法則について知ることができます。我々はBOSSの史上最大規模の3次元銀河地図を使って、1億光年のような大きなスケールで、アインシュタインの一般相対性理論をこれまでにない精度で検証することができました。赤方偏移歪みによる重力理論の検証は、宇宙加速膨張の謎に迫る上で、バリオン音響振動による距離測定とは相補的な役割を果たします」とコメントしている。なお今回の観測では、アインシュタインの重力理論に修正が必要な積極的な証拠は見つからなかったという。

現在のところ、BOSSプロジェクトの測定結果では、ダークエネルギーは宇宙誕生以来変化していない定数であることを示唆しているとする。この「宇宙定数」は、現在の宇宙の姿や大規模構造に合致する宇宙モデルに必要な6つの数字の1つだ。

前出のプロジェクトのリーダー・シュレーゲル氏は、この6つの数字のモデルをさまざまな観測という名のネジで留められた窓ガラスの枠組みに例える。「BOSSは今、最もキツく締めたネジの1つであり、今回さらに半回転キツく締めました。締め上げるごとにガラスに圧力がかかるはずですが、まだ壊れないということは、きっと我々の宇宙モデルが正しいということを示唆しているのかも知れません」としている。