東京大学(東大)は、アルツハイマー病の発症に関与するとされる「アミロイドβペプチド(Aβ)」のみを選択的に酸化する光触媒(ビタミンB2とペプチドの複合体)を開発し、Aβの凝集性および神経毒性を抑えることに成功したと発表した。

同成果は、同大大学院薬学系研究科の金井求 教授、同 相馬洋平 特任研究員、同 谷口敦彦 特任研究員、同大大学院医学系研究科の岩坪威 教授、同 薬学系研究科の富田泰輔 准教授らによるもの。詳細は独科学誌「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

これまでの研究から、アルツハイマー病患者の脳には、老人斑と呼ばれるタンパク質の沈着が認められ、この主成分は40個程度のアミノ酸から成るAβであることが知られている。また、老人斑が形成される過程で生じるAβの凝集体が神経細胞を傷付ける(神経毒性を示す)ことで、アルツハイマー病が発症・進行すると考えられるようになっており、Aβの凝集を阻害する薬剤の開発が各所にて進められている。しかし、現在のところ有望な治療薬は見つかっていない状況だ。

そこで研究グループでは今回、化学的にAβそのものを変化させることでAβを無毒化することができれば、有望なアルツハイマー病の治療戦略になり得るのではないかと考え、研究を行ったという。

具体的には、Aβそのものを変化させる反応の1つとしてAβの酸化に着目し、酸化を引き起こす化合物の検索を行った。その結果、生体内の酸化還元反応に関与しているビタミンB2(リボフラビン)とAβの混合液に可視光を照射することで、生体内に近い環境(酸素下、中性な液体下、かつ37度)において、Aβが酸化されることが判明した。

Aβの光触媒反応の概念図。Aβ(青色)が光触媒によって酸化されると凝集が阻害される。円形のオレンジは酸素を示しており、Aβに酸素が結合して酸化Aβになる

この酸化反応は、光によってビタミンB2の電子が励起し、溶液中の酸素がAβのアミノ酸に結合することで起こっていると考えられることから、ビタミンB2は光を照射することで酸化反応を起こす、光触媒と言える。しかし、ビタミンB2は光を照射するとさまざまな生体分子を酸化してしまうため、治療戦略としての展開を見据えると、生体内のほかのタンパク質などに作用することなく、選択的にAβの酸化を行う触媒が必要となるため、研究では、Aβを選択的に認識できる「タグ」機能を持つペプチドとビタミンB2の複合体(光触媒)を開発。この光触媒は、Aβを認識する部位と酸化を起こす部位で構成されており、触媒をAβに近づけることでAβを選択的に酸化することができる。

実際に、この光触媒を用いて酸化されたAβでは、Aβの凝集体の一種である線維が観測されなかったとし、Aβそのものが酸化することで、Aβの凝集が阻害されたことが考えられると説明する。

酸化されていないAβ(左)と酸化されたAβ(右)の原子間力顕微鏡の画像。酸化されていない場合はAβの凝集体が線維のように観測されるが、Aβが酸化されると線維は観測されないことから、酸化されたAβは凝集しないと考えられる

また、神経細胞存在下でAβ選択的な酸化反応が進行し、細胞毒性が軽減することも明らかとなった。

光触媒によるAβの毒性軽減。酸化されていないAβを神経細胞と混ぜると、Aβの毒性により細胞生存率は下がる(aとbの比較)が、光触媒に可視光を照射することでAβが酸化されるとAβの毒性が下がり細胞生存率が上がる(bとcとdの比較)

なお研究グループでは今回の成果を受けて今後、より現実的な治療法へと展開するために、実際の動物生体内でAβの凝集を阻害できるかを明らかにすることを目指した取り組みを進めていくとしており、可視光の中でもよりエネルギーの小さい光(長波長の光)で酸化を起こす光触媒の開発などを進めていく方針としている。