物質・材料研究機構(NIMS)は11月22日、ガラスなどの任意の基板上に、機能性材料であるペロブスカイト型酸化物の薄膜を望みの方向に向けて配向成長させる技術を開発したと発表した。

同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の佐々木高義フェロー、柴田竜雄博士研究員らによるもの。詳細は、王立化学会誌「Journal of Materials Chemistry C」に掲載された。

オプトデバイスや電子デバイスにおいて、さまざまな機能性結晶薄膜がその高度な機能を実現する上で重要な役割を果たしている。高性能デバイスを製作するためには、結晶薄膜の構造や配向度を精密に制御して、材料の持つ機能を限界まで引き出すことが必須となる。例えば、機能性結晶の代表格でありMEMSなどへの応用が期待されるチタン酸バリウムベースの強誘電体結晶(BaTiO3、ペロブスカイト型構造)では、構造が整合する別種のペロブスカイト酸化物や酸化マグネシウムの単結晶基板を用い、その上でのエピタキシャル成長を利用することで高結晶性・高配向性の結晶を成長させてデバイスが作製されている。しかし、単結晶基板は高価であり、サイズに制限があるのに加え、難加工性であること、さらに目的とする配向に合致した構造を持つものが必ずしも見つからない場合も多いなどの問題がある。

このような背景から、安価で大面積のガラスや金属テープなどの基材上で、単結晶基板と同様な高品位配向成長を実現したいというニーズが高まっている。しかし、ガラスや金属テープなどの汎用基材は、結晶質ではない材質が多いほか、結晶質の基板でも、配向に適した構造を持っていない場合が多く、結晶薄膜を配向成長させることは不可能だった。そこで、その表面に目的とする結晶の配向性に適した構造を持ったシード層と呼ばれる下地層を作製し、このシード層の構造を鋳型として良質な結晶を成長させる方法が検討されてきた。しかし、平滑で結晶性の高い良質なシード層を作製するには、高価で大掛かりな装置が必要だったり、工程中に熱処理が必要だったりとさまざまな制限が存在し、ごく一部の例を除いて、満足な結果が得られていなかった。このため、もしガラスなどの汎用基板上で、ペロブスカイト型酸化物結晶薄膜の自在な配向成長制御が可能となれば、その応用範囲の広さから考えて、大きな技術革新につながると期待されていた。

研究グループでは、これまでさまざな層状化合物を化学反応により、層1枚にまでバラバラに剥離することにより、多様な無機ナノシートの開発を行ってきた。得られるナノシートは、厚さが原子数個で構成され、1nm前後と極薄なのに対して、横方向にはその厚さの1000倍以上、大きな場合では10万倍にもおよぶ広がりを持った2次元ナノ物質であり、グラフェンと共通した特徴を有するユニークな物質である。これらのナノシートは2次元単結晶と捉えることができ、シート内で構成原子が端から端まで規則正しく一様に配列している。また、もう1つの重要な特徴として、これらのナノシートは水中に単分散したコロイドとして得られるため、ラングミュアブロジェット(LB)法などの溶液プロセスを用いることで、ガラスや金属、プラスチックなどさまざまな基材表面で、タイルを貼ったように稠密に配列させることができる。そのため、結晶質でなかったり、目的の配向成長に適していなかったりするこれらの基材の場合でも、適切なナノシートで表面を被覆することで、あたかも単結晶基板を用いたような高品位・配向成長が可能となる。研究グループでは、これまでにさまざまな構造を持った数十種類の無機ナノシートの合成を達成しており、これらのナノシートのライブラリの中から目的の結晶薄膜の配向成長に適したナノシートを選択できる段階に達しているという。

図1 今回開発された技術の概要

今回の研究では、MEMSやセンサ、メモリなど多くの応用がなされているペロブスカイト型酸化物薄膜(代表組成はSrTiO3、BaTiO3)を、ガラス基板上でその主要な結晶軸方向である(100)、(110)、(111)方向に沿って配向成長させることを検討した。そのために、それぞれの配向面におけるペロブスカイト型結晶の原子配列と類似した2次元原子配列を有するナノシートとして、酸化ニオブナノシート(Ca2Nb3O10-)、酸化チタンナノシート(Ti0.87O20.52-)、酸化モリブデンナノシート(MoO2δ-)を選択した。図2のナノシートの2次元構造とペロブスカイト構造の配向面の原子配列のうち、構造図に枠で示した構造単位に注目すると、いずれも数%以内の構造マッチングを示すことがわかる。これらのナノシートのコロイド溶液を用いて、ガラス基板上にLB法でナノシート膜を転写した。条件を最適化することにより、ナノシート間の隙間、重なりを極力抑えて基板表面をナノシートで被覆できた。

図2 ペロブスカイト型チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の結晶面と各種ナノシートの構造整合性を示す図。図中に枠で示した構造ユニットが高い類似性を持っているため、SrTiO3結晶が配向成長する

次に、パルスレーザ堆積(PLD)法を用いて、それぞれのナノシートで被覆されたガラス基板上にSrTiO3薄膜を成長させた。得られたサンプルをX線回折、電子顕微鏡観察などにより評価した結果、目的の3種類の方向に配向成長した高品位・高結晶性の薄膜が得られたことが確認された。すなわち、適切な2次元構造を持ったナノシートを選択し、壁紙のように基板表面を被覆することで、ペロブスカイト酸化物結晶薄膜を望みの方向に配向成長させることに成功した。

同様の手法にて、Ba0.5Sr0.5TiO3ペロブスカイト結晶薄膜を、酸化ニオブナノシート(Ca2Nb3O10-)で被覆したガラス基板上に配向成長させたサンプルと被覆していないガラス基板に直接堆積させた場合の誘電性を調べたところ、配向膜では誘電率は約400と、単結晶基板上にエピタキシャル成長させた薄膜と遜色ない値を示すのに対し、後者ではその半分程度の値しか示さなかった。これは同技術により、ガラス基板の上でも高い機能を持ったペロブスカイト酸化物薄膜を形成できることを示しているという。

図3 配向成長したチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)結晶薄膜の断面透過型電子顕微鏡写真。下部はガラス基板、上部は配向したSrTiO3結晶薄膜。両者の界面にシード層に用いた厚さ1~2nmのナノシートが確認される(110配向膜では解像度の関係でナノシートの存在は不鮮明となっている)

単結晶基板との優位性・得失は、同技術が経済性に優れていることに加え、ナノシートをシード層として用いると、今回の研究の例で示されたように、数%のミスマッチがあり厳密に構造が一致していなくても、高品位の配向成長が可能となることである(単結晶基板では高品質な成長を求める場合、1%以内の厳密なマッチングが求められることが多い)。これは、単結晶基板では一般にダングリングボンドといわれる未終端の結合が表面に存在し、薄膜堆積時に飛来する原子の配列を強く制約されるのに対し、ナノシート表面はその構造的特徴から表面の結合はすべて終端されており、van der Waalsエピタキシーと呼ばれる自由度の高い薄膜成長モードに似た結晶成長が促進されるためで、その点も同技術の大きな利点と言えるとしている。

今回、ペロブスカイト型酸化物結晶薄膜の配向を自在に制御し、ガラス基板上に成長させることに成功したことで、安価で省エネルギーな新技術として、MEMS、メモリなど広範な用途において、大きなインパクトを与えると期待される。また、ペロブスカイト結晶は各種機能性結晶をエピタキシャル成長させるための基板として用いられていることから、同技術を使って安価に製造できるペロブスカイト結晶薄膜を基板として利用できる可能性も高く、その応用展開も期待されるとコメントしている。