日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京大学は11月21日、反射高速陽電子回折法(RHEPD)を用いて、銀単結晶表面上に形成したシリコンの原子1層からなるシリセンの構造を調べ、凹凸のあるバックリング構造であることを確認したと発表した。

同成果は、KEK 物質構造科学研究所の兵頭俊夫特定教授のグループ、JAEA 先端基礎研究センターの河裾厚男研究主幹のグループ、および東京大学 物性研究所の松田巌准教授らによるもの。詳細は、米国物理学会が発行する「Physical Review B」に掲載された。

グラフェンは、基礎科学的な興味および高速電子デバイスへの応用を可能とするために広く研究されている。これに触発されて、炭素と同じ14族の元素であるシリコンについても、同様なシート状の構造をしたシリセンができないか、活発な探索が行われてきた。同時に、理論的な研究も行われ、ダイアモンド型構造以外に層状構造(グラファイト型構造)を持つ炭素と違って、ダイアモンド型構造しかないシリコンでは、1層だけ取り出すことができてもグラフェンのようにまったくの平面ではなく、凹凸のあるバックリング構造をしているはずだとされていた。

近年、蒸発させたシリコンを温度を制御しながら銀単結晶表面に付着(蒸着)させることにより、シリセンを作る方法が見い出された。このシリセンを走査トンネル顕微鏡(STM)像で観察すると、4×4構造の対称性を持っていることがすでに確認されている。一方、理論計算によると銀単結晶表面上のシリセンも凹凸のある構造をしていることが予測されていたが、その詳細やシリコン原子と基盤の銀原子との距離などの実験的な情報は得られていなかった。

グラフェンやシリセンのような電子デバイス材料の研究開発には、物質表面の構造や機能を原子レベルで解析できる手法が必須となる。JAEAでは、アイソトープ22Na陽電子源を用いたRHEPDの開発に成功し、物質表面の研究に応用してきた。一方、KEKでは、加速器から発生する陽電子ビームを物質科学に応用するための低速陽電子実験施設においてビーム強度増強のための改造が行われ、2010年にこれまでの10倍の強度増強に成功し、世界最高強度のエネルギー可変低速陽電子ビームを発生できる施設となった。これは、22Naを用いた陽電子源に比べ約100倍の強度に相当する。そこで、RHEPDの手法をさらに発展させるために、KEKとJAEAは、反射高速陽電子回折実験ステーションを共同で整備してきた。2011年には、陽電子に独自の方法によってビームの輝度増強を実現し、データの質を向上させている。

図1 銀単結晶表面上のシリセンの構造(上:平面図と下:側面図)。銀(灰色)の(111)表面上に成長させたシリコン(赤色、薄赤色)のシート状結晶。黄色で囲われた範囲が結晶格子の最小単位。側面からみると、ジグザクとした凹凸構造をしており、上位に6原子、下位に12原子あることが理論的に予測されていた

研究グループは、シリコン(111)表面上に形成される7×7再構成表面上に20原子層の銀単結晶薄膜を成長させ、その上にシリコンを蒸着することでシリセンを作製した。次に、1原子層のシリセンを成長させて、RHEPDを用いて4×4対称性を確認した。銀単結晶上に蒸着したシリコンは、シリセンとは異なる構造になることがある。作成したシリセンも、シリセンとは異なる√13×√13対称性を持つ構造が5%程度混在していたが、解析結果への影響は無視できる程度のものだったという。

このシリセンについて、高強度の陽子ビームをエネルギー10keVですれすれの視射角で入射し、視射角を変えながら(θ=0~6度)RHEPDパターンを測定した。シリセン表面構造の詳細な原子位置を決定するためデータ解析は、パターンの正反射スポット強度を視射角の関数としてプロットしたロッキング曲線によって行われた。

図2 RHEPDパターンの測定。エネルギーと方向のそろった質の高い陽電子ビームを表面すれすれの視射角で入射し、反対側のマルチチャンネルプレート(MCP)で検出して信号を増幅し、その背後に置いた蛍光面を光らせてCCDカメラで撮影する。視射角θを変えながらこのようなパターンを測定し、θの関数として鏡面反射(正反射)スポットの強度をプロットするとロッキング曲線が得られる

今回のロッキング曲線は、一波条件の測定と多波条件の測定を使い分けた。前者は、陽電子ビームを対称性の悪い方向から入射する測定で、表面に垂直な原子座標に敏感である。後者は、対称性の良い方向から入射する測定で、表面に平行な原子座標に敏感である。

図3 RHEPD測定の一波条件と多波条件。一波条件では、対称性の悪い方向から陽電子を入射するので、陽電子から見た表面原子の配列が重なって平均化され、1枚の層に見えるため、ロッキング曲線は、面に垂直な方向の原子位置に敏感になる。一方、多波条件では、対称性の良い方向から入射するため、表面に平行な原子位置にも敏感になる。一波条件で決めた面に垂直な位置を前提として多波条件で面内の位置を決めることで、どちらの方向についても正確な位置を決めることができる

今回の研究では、まず表面に垂直な原子座標に敏感な一波条件で測定したロッキング曲線を解析した。その結果、このシリセンは凹凸構造をしていること、そして、上に変位しているシリコン原子の層と下に変位しているシリコン原子の層の間の距離(Δ)が0.83Åであり、下の層のシリコン原子と銀単結晶表面との距離(d)が2.14Åであることが分かった。

図4 銀単結晶上のシリセンに対するRHEPDパターン鏡面反射スポットのロッキング曲線(一波条件)。この測定が、面に垂直な原子位置に敏感なことを利用して、図1のΔとdを決めた。実験へのフィットを最適化させた計算の結果は、理論で予測された値とよく一致している

次に、表面に平行な原子座標に敏感な多波条件(方位からの入射)で測定したロッキング曲線を解析した。その結果、4×4対称性を作っているシリコン-シリコン結合の間の角度(α、β)が112度と119度の2種類になることで、凹凸構造を作っていることが分かった。これらの値は、理論値(Δ=0.78Å、d=2.17Å、α=110度、β=118度)を支持する結果である。

図5 銀単結晶上のシリセンに対するRHEPDパターン鏡面反射スポットのロッキング曲線(多波条件)。この測定が、面に平行な原子位置に敏感なことを利用して、図1のαとβを決めた。図4で得られたΔとdの値を前提として実験へのフィットを最適化させた計算の結果は、理論で予測された値とよく一致している

今回、シリコンの新素材であるシリセンの詳細な原子配置が実験的に解明されたことにより、応用上重要な電気伝導特性などの物性の深い理解に寄与するものと期待される。また、高強度の高品質陽電子ビームを用いた回折法が、物質最表面の構造決定に有効であることが示された。特に、絶縁体の最表面を決定する有効な手段として、今後多方面への起用が期待されるとコメントしている。