東京大学は11月15日、これまで最大であった14量子間の量子もつれの数を大幅に上回る、従来の1000倍超となる1万6000以上の量子がもつれあった超大規模量子もつれの生成に成功したことを発表した。

同成果は、同大大学院工学系研究科の古澤明 教授、同 横山翔竜 大学院生、オーストラリア・シドニー大学のニコラス・メニクーチ准教授らによるもの。詳細は英国科学雑誌「Nature Photonics」に掲載された。

これまでコンピュータの性能向上を牽引してきた半導体プロセスの微細化は、量産レベルであっても20nmを切るようになり、その限界が見えてきており、それに代わる新たなコンピュータ技術として従来型のコンピュータの性能を凌駕することが期待されているのが「量子コンピュータ」である。しかし、超高性能な量子コンピュータの実現のためには、古典コンピュータのトランジスタに相当する量子もつれの数を増やす必要があったが、従来の方式では、建物に装置が入りきらないなどの理由もあり、最大14量子間のもつれで止まっていた。

今回、こうした課題の解決に向け、古澤教授は「我々は観点を変えて、従来の量子もつれをボトムアップで増やしていく手法ではなく、トップダウンでやる方式を考案した」とする。

量子もつれ生成の歴史。これまでは14量子間のもつれが最大だった

上が従来考えられてきた光を用いた量子コンピュータの生成イメージ。左側の入力直後部分が量子もつれの生成部分となる。数を増やせば増やすほど量子もつれの数が増えることとなるが、理論上はともかく、現実世界でやろうとすれば、物理的なサイズの問題などが生じて、増やせる数の限界が生じてしまう。下が今回考案された時間領域で多重化を図った量子コンピュータのイメージ。サイズを大きくすることなく、大規模な量子もつれを生成することを可能とした

光を用いた量子もつれの生成は、量子もつれの予備軍的な存在であるスクイーズド光を干渉させることで実現されるが、生成機構は入力と出力が対になるため、規模を拡大するには、その生成機構の数を増やしていく必要があり、回路が大規模化してしまうという課題があった。今回、研究グループでは、メニクーチ准教授が考案した時間領域多重方式を基に、一定間隔で2台のスクイーズド光発生機からスクイーズド光を常に生成しつつ時間的に分割(時間領域で多重化)。これを50%反射、50%透過させるビームスプリッタ(50:50 BS)で反射を行うことで量子もつれを発生させ、片方を数十mの長さを持つ光ファイバを通すと、光ファイバを経由していない方と150nsの遅延が生じ、この時差が起きたまま、再び50:50 BSを通し、光を干渉させると、1個前のものと干渉が生じることとなる。これにより「あやとりをしているような量子もつれの状態が作りだされる」(古澤教授)こととなる。

時間領域多重方式を用いた量子コンピュータの回路イメージ。緑の枠内が今回実現された範囲

実験装置の一部(下)と、大規模量子もつれ生成装置の手順イメージ(上)

動画
超大規模量子もつれ生成装置の動作イメージ(avi形式 137MB 40秒)

ここで最大のポイントは、量子もつれはロスが生じるとすぐに壊れてしまうので、それをいかに壊さずにいられるようにするかという点。この解決のために埼玉県にあるファーストメカニカルデザイン(FMD)と協力して光ファイバ結合効率98%を実現したファイバアライナ「FA1000S_θ」を開発。これにより、フリースペース(空間中)に存在する光をファイバにロスさせずに結合させることが可能になったという。

実験装置に搭載されたFMDと共同開発したファイバアライナ「FA1000S_θ」

東京大学大大学院工学系研究科の古澤明 教授

「実験の結果、1万6000量子間以上の超大規模量子もつれを生成できることが確認された。また、それ以上の数の生成は不可能というわけではないが、今回の実験では装置性能が不足している部分などがあり、そうした劣化を生じさせない技術の開発も現在行っている」とし、さらなる大規模量子もつれの生成も可能であるとのことで、「実際に、超高性能な量子コンピュータとして活用しようと思えば、半導体デバイスのトランジスタ数が数十億個という規模を考えれば、百万単位の量子もつれの生成が必要になるが、現在のテクノロジーを用いて、それは実現できる射程内にある」との見解を示しており、「これでこれまでのトランジスタ的な量子コンピュータの研究から、IC的な研究にフェーズを引き上げることが可能になった」とし、量子コンピュータの実現にかなり近づいたことを強調する。

大規模量子もつれ生成実験の結果

ただし、今回の研究成果は、あくまで半導体デバイスでいえばロジック部分(プロセッサ)の回路を構成できることが示されただけで、実際のコンピュータとしての利用を考えれば、メモリ部分の実現が必要となる。また、一番大きな問題としてエラー訂正技術の確立が残されているという。これについて同氏は今後の研究課題としているが、「トランジスタレベルの研究をしてきた研究者が、今回の成果を受けて、エラー訂正の研究に移る可能性もある。そうなれば、それほど遠い将来ではない時期にエラー訂正のアルゴリズムが確立され、実際のところは分からないが、量子コンピュータが実用化される可能性もでてくる」と、実用化の可能性が一気に高まるとの期待を示していた。

大規模量子もつれ生成実験装置。光を用いた量子コンピュータの研究の場合、装置を冷やす必要がなく、室温で実験が可能。430nmを50:50 BSで860nmにして、2度目の50:50 BSを介すると、再び430nmへと波長が変化する