分子科学研究所(IMS)は、固体中の原子が高速で2次元運動する様子を、10兆分の1秒単位で制御し画像化する新しい光技術が開発したと発表した。

成果は、IMSの大森賢治教授らの研究チームによるもの。研究はJST課題解決型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は11月18日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

1990年代以降のレーザー技術の急激な発展は、医療・エネルギー・情報通信・機械加工など、さまざまな分野において革新的な光テクノロジーの開発を可能にしている。特に情報処理分野では、従来の電子デバイスよりも1桁以上高密度な光メモリや数1000倍以上速い光スイッチの開発競争が激化しているところだ。また、物質の量子力学的な波(波動関数)を光で制御すれば、現代のスーパーコンピュータの1億倍速い論理演算が可能になるのではないかといった期待もされている。

これらの革新的な光デバイスの実現を目指して、固体の電気伝導性や磁性などを光で制御する試みが世界中で進んでいるが、最近になってこれらの物理的な性質は、固体を構成する原子の数兆分の1秒単位の振動運動と密接に関連していることがわかってきた。

例えば、「マンガン酸化物」は外から磁場をかけて電気抵抗を大きく変化させることができることから、スイッチングデバイスや磁気メモリとして期待されているが、その中の原子を振動させると、絶縁体から電気伝導体に変化することが2007年に発見されている。また2011年には、高温超伝導物質して期待される「銅酸化物」の中の原子を振動させると1兆分の1秒の間に超伝導体に変化することが英オクスフォード大学の研究者らによって発見された。

こうした背景から、固体の中の原子の超高速運動を光で制御しそれを評価するために画像化する研究が盛んに行われるようになっている。このような研究では、原子運動を任意の方向で制御することが望ましいのだが、これまでは主に、ある特定の方向の直線運動のみを1次元で制御することしかできなかった。

また、固体中の原子運動を画像化するためには、X線や電子ビームを固体に照射し、それらの散乱角度を測定する大がかりな実験装置が必要である上、これらの方法では1兆分の1秒以下の現象を追跡することは極めて困難という問題もあったのである。こうしたことから、固体中の原子運動をさまざまな方向で制御し、より簡便に、より高速に画像化する新しい方法の開発が望まれていたというわけだ。

固体中における原子の振動運動の周期(通常、数兆分の1秒)よりも短い時間幅のレーザーパルスを固体に照射すると、固体を構成する原子が集団的に振動する状態を作り出すことができる。この集団的な振動運動は「コヒーレントフォノン」と呼ばれている。

今回の研究では、ビスマス原子の結晶が実験対象として用いられた。ビスマス結晶には、画像1に示されているように隣り合った原子が縦方向に振動する「A1g」と横方向に振動する「Eg」という互いに垂直な2種類のコヒーレントフォノンがあり、A1gは3兆分の1秒、Egは2兆分の1秒と、それぞれ異なった周期で振動する。

画像1。ビスマス結晶の2種類のコヒーレントフォノン

まず、A1gとEgと同程度の周期で強度が振動するような波長800nmの特殊な赤外レーザーパルス(ポンプパルス)が合成され、それがビスマス結晶に照射された。このレーザーパルスは、5兆分の1秒の時間幅内で徐々に波長が変化するような2つのレーザーパルス(サブパルス)を独自の装置で重ね合わせることで作られたものだ。

これら2つのサブパルスのタイミングを1000兆分の1秒以下の極限精度で調節することによってポンプパルスの強度振動を微妙に調節することができ、これによって互いに垂直なA1gとEgの原子振動の振幅を各々独立に操作できることがわかったのである。

次に、別のレーザーパルス(プローブパルス)をビスマス結晶の表面に照射し、反射光の強度が10兆分の1秒単位で時間変化する様子が観測された。その結果を、「密度汎関数法」と呼ばれる量子力学の理論で縦方向と横方向の原子の空間位置に変換し、2次元平面にプロットしたのが画像2・3である。なお密度汎関数法とは、物理や化学の分野で、原子、分子、およびそれらが集まってできた固体など多数の電子を有する物質の物理的な性質を空間的に変化する電子密度の汎関数(関数の関数)を使って計算する手法のことだ。

このように大森教授らは、ポンプパルスを構成する2つのサブパルスのタイミングを極限精度で調節することによって固体内の原子の2次元運動を制御し、光反射を測定する簡便な方法を用いて10兆分の1秒単位で画像化することに、世界で初めて成功した。

画像2・3:ビスマス結晶中における原子の超高速2次元運動に対する制御と画像化。ポンプパルス照射後0.82ピコ秒から10.48ピコ秒までの結晶内における原子の超高速2次元運動を、結晶表面からの光反射を使って画像化した形だ。2つのサブパルスのタイミングを1000兆分の1秒変化させることによって、原子の2次元運動が劇的に変化する

今回、大森教授らが開発した制御・画像化手法は、「あらゆる物体の2次元運動は互いに垂直な2つの1次元運動に分解できる」というシンプルかつ普遍的な原理に基づいているため、あらゆる固体に適用することが可能だ。従って、将来の光固体デバイスを開発するための汎用的な基盤技術として期待されるという。また、固体の超伝導性や磁性などの物理的な機能性が、どのように原子運動と関連しているのかを探求するための実験手法としても役立つことが期待されるとしている。