科学技術振興機構(JST)は10月29日、独・マックスプランク陸生微生物学研究所などの国際研究チームが、微生物に含まれる水素変換酵素「[Fe]ヒドロゲナーゼ」がその機能を獲得するのに必要な酵素の1つを発見し、その反応機構を解明したと発表した。

成果は、独・マックスプランク陸生微生物学研究所の嶋盛吾グループリーダー、同・生物物理学研究所のウルリッヒ・エルムラー博士、独マールブルグ大学のシューラン・シー博士らの国際研究チームによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は近日中に独化学会誌の英語版「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に掲載される予定だ。

水素は将来の再生可能エネルギーの1つとして注目されており、事実上無限といっていい太陽光を利用する人工光合成で水素を生産する技術や、燃料電池で電気エネルギーに転換する技術の開発は、エネルギー問題の観点から重要な課題とされている。

そのためのカギとなるのが、水素ガスを生産できる、あるいは水素ガスから電気を取り出す触媒物質の開発だ。現在、人工光合成や燃料電池の電極の触媒として使われている白金などの希少元素は高価であるだけでなく、供給量が限られており、工業レベルの技術開発に向けて新しい材料の開発が急務となっている。

近年、生物機能を模倣して新たな工学材料を設計する研究として注目されているが、「バイオミメティックス化学」だ。希少元素に代わる新しい触媒材料としても、自然界で水素を利用または合成する微生物に含まれる水素変換酵素「ヒドロゲナーゼ」(水素ガスを分割したり、発生を促進したりする働きを持つ)を模倣した人工触媒の研究が活発に行われている。

そうした中、現在知られている3種類のヒドロゲナーゼ酵素の1つである[Fe]ヒドロゲナーゼは、嶋グループリーダーらが世界的に研究をリードする酵素だ。耐久性が高くシンプルな構造を持つことから、その機能を模擬した物質は、優れた代替触媒になり得ることが期待されているのである。そのため、[Fe]ヒドロゲナーゼを模擬した化合物の合成が試みられているが、これまで水素反応活性を担う、「FeGPコファクター」と呼ばれる有機金属化合物が、微生物内でどのように作られるのかわかっていなかった。

そこで嶋グループリーダーらの研究チームは今回、「構造ゲノム学」を活用した画期的ともいえる手法を開発。微生物内でFeGPコファクターを合成する酵素の1つである「HcgB」の機能を発見し、その反応機構を解明した(画像1・2)。なお構造ゲノム学とは、タンパク質の立体構造を網羅的に決定し、機能との関連を調べる学問分野のことだ。祖先が異なるタンパク質同士など、アミノ酸配列の類似性から比較ができない場合に有効とされている(ただし、同手法を使って酵素の機能を特定できた実例はまだ少ない)。

微生物の細胞内で活性中心化合物「FeGPコファクター」を合成する酵素の1つである「HcgB」の機能(画像1(左))と[Fe]ヒドロゲナーゼが促進する反応(画像2)。[Fe]ヒドロゲナーゼは水素ガスから化合物に電子を供給したり、化合物から電子を取り出して水素ガスを生産したりする水素変換反応を行う酵素で、その反応を担う反応活性中心がFeGPコファクター化合物だ。HcgBは「ピリジノール」をFeGPコファクターの有機部分となる「グアニリルピリジノール」に変換する

微生物内で、FeGPコファクターを作ると推定されている酵素がいくつかあるという。これまで、タンパク質である酵素の機能を推定するため、一般的にアミノ酸配列を既知の酵素と比較する方法が用いられてきたが、その手法では祖先が異なるタンパク質同士の場合、機能が似ていてもアミノ酸配列は似ていないため、実際にタンパク質の機能を解明することは困難とされてきた。

そこで嶋グループリーダーらは、立体構造が類似しているタンパク質は同じ機能を持つことに着目し、立体構造からタンパク質の機能を探索する構造ゲノム学の手法を用いて、タンパク質の立体構造比較から、細胞内でFeGPコファクターを合成する酵素の1つである「HcgB」の機能を予測し、そして発見したのである。さらに、化学分析とX線結晶構造解析によってその機能が正しいことも証明した。

画像3は、X線結晶構造解析からHcgB酵素と生成物のグアニリルピリジノールがつながっている様子を観察した模式図。図中の破線はグアニリルピリジノールとHcgBとの結合場所を、図中央の緑の棒モデルはグアニリルピリジノールを、そのほかの棒モデルはHcgBのアミノ酸残基を示している。

具体的には、HcgBはFeGPコファクターの有機部分である「グアニリルピリジノール」を完成する反応を促進する機能を持つことがわかり、さらにこの酵素で合成された物質の構造も明らかになった。構造ゲノム学のコンセプトを応用して結晶学的な手法と融合することで、タンパク質の機能を解明できた実例はこれまでほとんどないため、今回の成果は画期的な事例だという。

今回の成果により、[Fe]ヒドロゲナーゼ酵素の水素変換反応を担うFeGPコファクターの生合成機構の解明に向けて大きく前進した形だ。[Fe]ヒドロゲナーゼ酵素の水素変換反応を担うFeGPコファクターの生合成酵素の1つにおいて機能が解明されたことは、同酵素の生合成機構における全容の解明に大きく貢献するもので、同手法を用いることで、さらに機構解明が加速することが期待されるとする。

今後、この生合成機構の全容が解明されれば、FeGPコファクターを模擬した化合物の開発や改良につなげることが可能で、将来的には、白金に代わる安価で大量生産が可能な優れた人工触媒として、人工光合成への活用が期待されるという。さらに、水素ガスから電気を取り出す燃料電池の電極への活用も期待されるとした。