大阪府立大学と大阪大学(阪大)の2者は10月25日、「光合成アンテナ」の進化の過程から着想を得て、円環型の強度分布を持つ特殊なレーザー光である「ドーナツビーム」を照射することで金属ナノ粒子の水溶液から均一な形の粒子だけを取り出し、円環状に並べることに成功したと共同で発表した。成果は、大阪府立大 21世紀科学研究機構の飯田琢也テニュア・トラック講師、阪大学院 基礎工学研究科の伊都将司助教らの共同研究チームによるものだ。

生物は外部刺激と環境からの「揺らぎ」の下で進化し、その刺激に対して最適な応答システムを構築してきた。例えば、ある種の光合成細菌中の光アンテナは色素分子が円環状に並んだ構造をしており、生息地によってさまざまな色彩を持つが、その光吸収帯は外部刺激としての太陽光の波長分布や熱揺らぎの大きさに依存して変化することが知られている。

なおここでいう揺らぎとは、ナノ粒子を含むマイクロメートル以下の微小物体が水などの液体に分散している場合、室温環境下で周囲の媒質分子が不規則に動き回り微小物体に衝突するが、その際に微小物体は不規則に撃力を受けてランダムに動き回ることを指す。

また光合成アンテナとは、植物などが光合成に必要な光を捕集するためのユニットのことをいう。特に、「紅色硫黄細菌」などの光合成細菌の内部には直径10nm程度の円環状の光合成アンテナが2次元面内に密に並んだ構造をしている。

そこで研究チームは今回、直進するレーザー光を物質に照射すれば押す力を与えられるという、光が物質に及ぼす力である「光誘起力」を外部刺激と見なし、揺らぎの効果が顕著な常温の水中に分散した銀ナノ粒子にレーザー光を照射して配列させることを試みた。特に、光誘起力を発生させるための光源として、円環状光合成アンテナと類似した強度分布のドーナツビームが着目された形だ。

ドーナツビームは、液晶板に電気的な変調をかけてその空間パターンを設計すると、通常の直線偏光のレーザー光を光軸に対して放射方向や回転方向に振動する特殊な偏光を持ったビームに変換することが可能で、この時に光軸がちょうど特異点となるため光電場が打ち消し合うので、光軸に垂直な断面において発生させられるというビームである。

このドーナツビームをさまざまな形状の銀ナノ粒子を含む分散液に照射すると、長波長の光に対しては細長い銀ナノ粒子が、短波長の光に対しては球状のナノ粒子が選択的に抽出され、さらには向きを揃えて基板に円環状に集積する条件を解明したのである。

植物は太陽光のエネルギーを高効率に捕集して化学反応エネルギーに変換し、生命維持に必要な物質を生成している。例えば、高山、低山地、水中など生息地によって太陽光の波長帯(スペクトル)が異なるため、それに最適化するように光吸収帯を変化させ多様な色彩を示している。

最近、古代から生息する光合成細菌中で光捕集機能を担う「光合成アンテナ」の構造解析が進み、色素分子が円環状に配列してさまざまな方向の偏光を有する太陽光を高効率に捕集して、1個の光子をほぼ100%の効率で1個の電子に変換できることがわかって来た。このような光合成アンテナの選択的進化のプロセスで、外部刺激としての太陽光と環境揺らぎの効果が重要な役割を果たしたと推測されるという(画像1)。

画像1。光合成アンテナの進化の過程から得たアイデア

一方、レーザー光が物質に与える光誘起力を利用すれば、常温(約25℃)の液体という揺らぎの効果が顕著な環境下でも、ミクロン以下の物体を操作することが可能だ。また研究チームは、金属ナノ粒子間の距離が接近した場合に直線偏光を照射すると、偏光と同方向の引力が発生し、偏光に平行に粒子を並べられることを理論的に予言していた。

特に、金属ナノ粒子の光吸収が効率よく起こる波長(共鳴波長)のピークよりもずっと長波長のレーザー光を照射した場合でも、偏光に平行方向に粒子同士が接近して共鳴波長が照射光の波長に近づくため、効率よく光誘起力が発生する。この機構に注目すれば、光合成アンテナの空間パターンに似たドーナツビームによる光誘起力を用いて、非生物の金属ナノ粒子でも照射光に対して最適な応答を示すシステムを選択的に構築できるのではとの着想の下で研究が行われた次第だ。

今回の研究では硝酸銀水溶液から還元法で作成した銀ナノ粒子の水溶液に、倒立型顕微鏡の高倍率の対物レンズで強く絞った赤外の波長域(1064nm)かつ放射状の偏光分布を持つドーナツビームをスライドガラス上に下方から照射した(画像2上中央)。さらに、光誘起力と揺らぎの効果によりナノ粒子がどのような配列に並ぶかを評価できる、当グループ独自の理論手法を用いて実験結果の解析を行い、現象を解明した。

結果として、もともとの銀ナノ粒子は白色光を当てると青色の光散乱を示していたにも関わらず(画像2・左下)、ドーナツビームで集積した銀ナノ粒子は橙色の円環状の光散乱を示すことがわかった(画像2・右上)。集積した銀ナノ粒子を電子顕微鏡で観察すると、驚くべきことに元々の水溶液中には少数しかいなかった細長いロッド状の形の粒子(銀ナノロッド)が多数存在していることが確認されたのである。

比較実験として、660nmの短波長のドーナツビームを用いた場合には、球形に比較的近い銀ナノ粒子が集積していることがわかり、照射光の波長によってまったく異なる形状の粒子を選択的に円環状に配列できることがわかった。

画像2で紹介した結果では、光軸に対して偏光方向が放射状のドーナツビームが用いられたが、銀ナノロッドも放射状に集積することが判明。次に光散乱の色が変わった原因についても分光実験で調べられた(画像3上)。その結果、画像2に示した元々の銀ナノ粒子溶液の400nmの紫外の波長域にピークを持つ光吸収スペクトルとはまったく異なり、800nm以上の赤外の波長域にピーク現れることがわかったのである。

さらに、理論計算により銀ナノロッドが確かに放射状の偏光方向に配列することや、前述の偏光と同方向の引力で2個から3個程度が連なって捕捉されることが確認され(画像2・右下の赤矢印)、配列構造の共鳴波長がドーナツビームの波長である1064nmに近づく様子も再現することに成功した形だ(画像3・下)。これは、光誘起力と揺らぎの効果で、照射したビームに対して最適な光応答を示す非生物ナノ粒子の集合体が構築できることを示す重要な結果といえるとした。

画像2(左):ドーナツビームに依る銀ナノ粒子の形状選別および円環状構造の作製に成功。 画像3(中):実験結果とシミュレーションの比較。 画像4(右):ドーナツビームで高均一化した銀ナノロッドを円環状に配列して集積するイメージ(画像2の実験系をデザインした図)

ナノ粒子のサイズ・形状・配列を制御する技術は、さまざまな研究分野や産業界で広く必要とされており、医薬品開発や太陽光利用以外にも、遺伝子検査やアレルギー物質検出などに役立つ光バイオセンサ用の金属ナノ粒子や触媒用ナノ粒子の特性制御など多彩な用途に使えると期待されるという。

今回の研究では、主に水中の銀ナノ粒子が対象とされたが、研究チームは、金ナノ粒子などの異種の金属ナノ粒子が混在した場合にその種類の選別、半導体や有機高分子からなるナノ粒子・生体分子の集合体の分離分析にも適用可能と考えているとした。

今後、ドーナツビームの波面制御や複数ビームの発生により、さらに高精度かつ高効率なナノ粒子の選別・配列が可能となれば、高純度の医薬品開発、人工光アンテナの開発などに繋がる他、光物理、分析化学、触媒化学など幅広い基礎科学の分野にもブレークスルーがもたらされることと期待される。