東京大学は、誘電率が最大となる特性温度を幅広くコントロールできるコンデンサ用材料を開発したと発表した。

同成果は、同大 生産技術研究所の増野敦信助教、溝口照康准教授らによるもの。広島大学大学院 理学研究科の森吉千佳子准教授、黒岩芳弘教授、九州シンクロトロン光研究センターの岡島敏浩主任研究員らと共同で行われた。詳細は、Nature Publishing Group発行の「Scientific Reports」オンライン版に掲載された。

コンデンサは、あらゆる電子機器に使われており、代表的なセラミックスコンデンサ用材料として、BaTiO3(チタン酸バリウム、いわゆるチタバリ)が知られている。BaTiO3は強誘電体の1つで、大きな誘電率と、強誘電転移温度と呼ばれる特性温度において誘電率がピークを持つという特徴がある。BaTiO3の場合、強誘電転移温度は約120℃だが、Ba(バリウム)やTi(チタン)、あるいはO(酸素)を様々な元素で置換することによって、その温度を変化させることができる。そのため、BaTiO3を使ったコンデンサの動作温度範囲は、室温から120℃までと幅広く設定することができる。ただし、120℃以上になると特性が急速に劣化してしまうため、数百℃の高温では使用できない。

現在、高度に電子制御された自動車、いわゆるスマートカーの開発が進められている。自動車の動作機構を精密にコントロールするためには、エンジンルーム内部への電子制御機器の設置が必要となるが、高温環境のため、BaTiO3をベースとした従来型のセラミックスコンデンサでは対応できない恐れが指摘されている。そこで、数百℃になる高温領域でも用いることができる新たなコンデンサ用材料の開発が強く求められている。

BaTi2O5(二チタン酸バリウム)は、2003年に日本の研究者らによって強誘電体であることが発見された比較的新しい材料である。BaTi2O5の最大の特徴は、470℃と高い強誘電転移温度にある。そのため、当初は高温対応コンデンサ用材料として最適であると期待されていた。しかし、実際にはBaTi2O5の良質な試料の合成が難しく、元素を一部置換して特性を制御する研究はほとんど進められておらず、BaTi2O5系強誘電体の実用化への取り組みはここ数年間停滞している状況にあった。

今回、研究グループでは、ガラスを加熱して結晶化させるという簡便な手法(ガラス結晶化法)を用いて、(Ba,Ca)Ti2O5という新しい強誘電体の合成に成功した。原料粉末を混合して焼結させる一般的な手法と比べて、ガラス結晶化法は、Caの含有濃度を4倍以上に引き上げることができた。これにより、Ca濃度を大幅に調整することが可能となり、誘電率が最大となる特性温度(強誘電転移温度)を470℃から220℃まで連続的に変化させることができたという。

図1 Ba1-xCaxTi2O5の誘電率の温度依存性。(a)は安定相領域、(b)は準安定相領域のデータ。(a)の挿入図は、誘電率が最大となるピーク温度Tpの組成依存性を示す。Tpが470℃から220℃まで変化していることがわかる

新しい強誘電体の開発に先立ち、研究グループが着目したのは、無容器浮遊法を用いることで、Caを高濃度に含む(Ba,Ca)Ti2O5ガラスを作製できることだった。このガラスを数分間所定の温度で加熱して結晶化させたところ、極めて良質な強誘電体(Ba,Ca)Ti2O5が得られた。結晶化した(Ba,Ca)Ti2O5の加熱実験の結果、化学組成をBa1-xCaxTi2O5とすると、0≦x<0.07では安定相、0.10≦x<0.40では準安定相であること、つまり、Ca濃度によって熱力学的な相安定性が変化していることが分かった。

図2 無容器法を用いたガラス作製装置。試料は円錐ノズルから吹き出るガスにより浮遊しCO2レーザで加熱融解される。写真は浮遊している高温酸化物融体。この手法によりBa1-xCaxTi2O5ガラスを合成することができる

この起源を探るため、放射光X線を用いた実験と理論計算を組み合わせた結晶構造解析を行った。その結果、BaTi2O5結晶中のBaが、存在する2種類の場所(Ba1サイト、Ba2サイト)のうち、安定相ではCaは1つのサイト(Ba1サイト)のみに入っていたのに対して、準安定相ではBa1サイトだけでなくBa2のサイトにも入っていることを突き止めた。これにより、通常の合成方法ではわずかな量しかBaをCaに置換できないのは、CaがBa1サイトにのみ入ることで、急速に周囲の構造にゆがみを生じさせてしまい、結晶を保てなくなるからであることが分かった。それに対し、ガラスという熱力学的に非平衡な状態からの結晶化により、本来は入るはずのないBa2のサイトにもCaが入るようになっていた。そのため、Caを入れたときの構造のゆがみが抑制され、結果としてCa濃度を大幅に増大させることにつながったとしている。今回の研究により、BaTi2O5結晶中の局所構造と相の安定性の間の直接的な相関が、原子レベルで明確になった。これは、BaTi2O5の特性のさらなる制御に向けて、Ca以外の元素の利用を検討する際の物質設計指針にも活かされるとしている。

図3 理論計算から明らかになったBaTi2O5のBaをCaで置換した場合の結晶構造への影響。(a)Baに換わりCaがBa1サイトに入ったときの様子(通常の合成法を用いた場合)。Caの場所が置換される前にBaがあった場所からずれている。(b)はBa2サイトにCaが入ったときの様子(ガラス結晶化法を用いた場合)

このように、使用するのが難しいと諦められていた材料でも、新しい方向からアプローチすることで、実用材料としての道を一気に切り開くことができる場合がある。今回は、ガラスという形態をいったん経由するという迂回ルートが、そのためのカギだった。今回の成果は、単に新しいコンデンサ用材料の合成に成功したというだけにとどまらない。ガラスから結晶化させるとなぜこうした相が得られたのか、という相生成メカニズムを原子レベルで明らかにした点で、基礎科学的観点からも非常に興味深いと言えるとしている。

今回合成した材料は熱力学的には準安定相と分類されるが、500℃程度では分解しない。そのため、車載用電子機器だけでなく、発電所や製鉄所などのより高い温度の環境でも使用できる可能性がある。今後は、様々な企業との共同研究を進め、新素材として、基礎研究段階から製品化プロセスへの速やかな移行が求められるとコメントしている。