慶應義塾大学(慶応大)は10月25日、多数の研究機関や病院などとの共同研究により、これまで原因がわからなかった、手の平や足の裏の皮膚の角質が分厚くなる疾患の「遺伝性掌蹠角化症」の1種で、それが乳児・幼児期から起きる「長島型掌蹠角化症」の原因遺伝子変異が、「SERPINB7」の変異であることを突き止めたと発表した。

成果は、慶応大 医学部皮膚科学教室の久保亮治 専任講師を中心とした、同医学部ならびに国立成育医療研究センターの研究者らによる共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間10月25日付けで国際科学誌「The American Journal of Human Genetics」オンライン版に掲載された。

遺伝性掌蹠角化症にはさまざまな種類があり、基本的には、手の平、足の裏の皮膚の角質が分厚くなる疾患だ。複数の種類があり、生後すぐから症状が出てくる場合もあれば、小児期になって症状が出てくる場合もある。長島型掌蹠角化症は冒頭で述べた通り、発症時期は乳児・幼児期だ。手の平と足の裏の皮膚が、赤みを伴って分厚く固くなり、その赤みは手の甲側、足の甲側、手首の内側、アキレス腱部にも広がる(画像1・2)。また、しばしば手の平と足の裏の多汗を伴う。

同疾患は、1977年当時に慶応大 医学部皮膚科に所属していた故・長島正治助教授(後に杏林大学医学部皮膚科教授。2010年没)が初めて報告した疾患で、1989年に弘前大学 医学部皮膚科の橋本功教授(当時)、三橋善比古講師(当時。現・東京医科大学皮膚科教授)により、最初の報告者の名前を冠して長島型掌蹠角化症と命名された。日本人に同疾患の患者が多いことはわかっていたが、病気の原因はこれまでまったくわかっていなかったのである。

画像1・画像2:長島型掌蹠角化症の臨床症状。手の平、足の裏の皮膚の角質が厚くなり、時に皮が剥け、赤みが強いことが多いのが特徴だ

研究チームは、慶應義塾大学病院、京都大学医学部附属病院、東京医科大学病院、東邦大学医療センター大森病院、国立成育医療研究センター病院、浜松医科大学医学部附属病院を受診した際に長島型掌蹠角化症と診断された患者とその両親から血液提供を受けてゲノムDNAを抽出し、国立成育医療研究センター研究所で大量のデータを一度に得られる次世代シーケンサーを用いた「エクソームシーケンス」が、慶応大医学部で「ゲノムインフォマティクス解析」がそれぞれ行われた。

なおエクソームシーケンスとは、エクソームシーケンスは、ヒトのゲノムDNA(約60億文字の遺伝暗号)の内、1~2%を占めるタンパク質の設計図になっている部分だけを次世代シーケンサーで解析する方法だ。得られた大量のデータをコンピュータ上で基準となる配列と比較することで、ほぼすべての遺伝子の変異情報を1度に得られるのが特徴である。

またゲノムインフォマティクス解析とは、約2万個あるヒトの遺伝子の内、個人ごとに数100個の遺伝子に変異(遺伝暗号の情報が書き換わっていること)があり、それが個人差となっているが、その数100個の変異からある疾患の原因を見つけるための解析のことをいう。

患者3人のゲノムDNAを解析したところ、3人全員がSERPINB7の変異を「ホモ接合体」、または「複合ヘテロ接合体」として持つことが判明(画像2)。ホモ接合体とは、両親からそれぞれ受け継いで2個ある遺伝子において、その両方がまったく同じ変異を持っている場合のことをいう。一方の複合へテロ接合体とは、両親から受け継いだ2個の同じ遺伝子において、それぞれ病気を起こす変異はあるものの、同じ変異ではない場合をいう。SERPINB7に関しても同じで、ヒトは両親からそれぞれ1個ずつ受け取る(2個ある内のどちらを受け取るかはランダム)。

研究チームはこの3人の解析結果を受け、さらに10人の患者のゲノムDNAを通常のシーケンス方法で解析を行った。すると、10人全員がSERPINB7の変異のホモ接合体または複合ヘテロ接合体だったのである。以上より、この病気がSERPINB7の遺伝子変異により発症することが明らかにされたというわけだ。

日本では、皮膚科を掌蹠角化症で受診する患者の多くが長島型掌蹠角化症であることから、同疾患は日本人に多い病気であることが予想されていた。そこで、見つかったSERPINB7の変異を「1000人ゲノムプロジェクト」(さまざまな人種の人々、計1092人よりゲノムDNAが採取されてエクソーム解析が行われたプロジェクトで、その研究結果はインターネット上で公開されている)のデータで検索してみたところ、「c.796C>T」という変異を持つ「保因者」が、日本人89人の内2人、中国人197人の内6人に見つかった。

これらの結果から、長島型掌蹠角化症はアジア人に多い遺伝病で、日本では1万人当たりに1人以上(すなわち日本人全体で1万人以上)、中国では1万人当たり3人以上(すなわち中国人全体で数10万人)の患者がいると考えられるという。この変異は、今回調べた13人の患者全員が少なくとも1つ持っていた。

一方、1000人ゲノムプロジェクトで調べられた非アジア人806人には変異は見つからなかった。以上のことから、アジア人の祖先となった人々の中の1人に生じた、SERPINB7のc.796C>Tという突然変異が、アジア全体に広がったと考えられるとしている。

なお長島型掌蹠角化症の保因者とは、2つあるSERPINB7の1つにだけ病気を起こす変異が入っていて、もう1つには病気を起こす変異が入っていない人のことを指す。保因者にはまったく何の症状もない(遺伝子の冗長的な仕組みにより、片方の正常な遺伝子によってカバーされる)。

日本人には長島型掌蹠角化症の保因者がおおよそ50人当たり1人いると考えられるという。保因者同士が結婚した場合(1/50×1/50で1/2500の確率)、1/4の確率(正常と正常、正常と病気を起こす変異が2つ、病気を起こす変異と病気を起こす変異の組み合わせになるのは1/4)で長島型掌蹠角化症を発症する子供が生まれる(1/2500×1/4で、全体としては1/1万の確率)。

画像3は、長島型掌蹠角化症の家系図の例。四角は男性、丸は女性、黒は同疾患があること、白は同疾患がないことを意味する。今回の研究では、*が付いている人のゲノムDNAがエクソームシーケンスで解析され、SERPINB7の変異(緑、赤、青の+)が同定された。同疾患の患者は2つの変異を持っていたが、それぞれの両親は1つだけ変異を持つ保因者ではあるものの症状はまったくないことが確認されている。

画像3。長島型掌蹠角化症の家系図の例

長島型掌蹠角化症はこれまで原因不明であったため、効果的な治療法がなかった。SERPINB7タンパク質が「タンパク質分解酵素阻害因子」であることから、同疾患が皮膚におけるタンパク質分解酵素活性の過剰によって発症する可能性が示された形だ。この発見によって、長島型掌蹠角化症の病態解明が進むことが期待されるという。また、SERPINB7と同様のタンパク質分解酵素阻害効果を持つ薬剤を開発し、その薬剤を塗り薬として使うことで、同疾患を治療できるようになることが期待されるとしている。