情報通信研究機構(NICT)は10月21日、有機・シリコン融合フォトニクス技術を用いて、電気信号を光信号に置き換える電気光学変調器の小型・高性能化に成功したと発表した。

詳細は、米国応用物理学会誌「Applied Physics Letters」に掲載される予定。

スマートフォンやクラウドコンピューティングなどの普及に伴い、通信速度の向上と機器の低消費電力化、小型化が課題となっている。現在のコンピュータや情報通信システムでは、シリコンLSIが中核を担っているが、処理速度の高速化に伴い、電気配線の消費電力の増大や電気配線による信号遅延が問題となっている。このため、シリコンチップ内やチップ間の超高速な情報伝送を低消費電力・小型で実現できる光配線技術の開発が期待されている。この光配線技術のキーデバイスの1つが、電気信号を光信号に変換する電気光学変調器である。これまで、無機酸化物結晶であるニオブ酸リチウム(LN)や有機物である電気光学ポリマーを用いた電気光学変調器が実用化されているが、素子サイズが10cm程度と大きく、チップ内やチップ間における光配線には利用できない。この問題を解決するため、集積化・低コスト化に適したシリコンフォトニクス、シリコン光変調器の開発が進められているが、要求される動作速度が数十GHzと高速であり限界があった。そこで、100GHz以上の超高速動作が可能な小型・低消費電力の電気光学変調器を実現するための新技術が求められている。

図1 今回の結果、および実現の可能性が拓かれる新たな光・電子融合領域。情報処理の光化を進めるためには、複雑な論理処理に優れた電子集積回路と、高速化・省エネルギー化に有利な光集積回路を融合する技術の開発が不可欠となる。今回開発した有機・シリコン融合型電気光学変調器は、エレクトロニクスとフォトニクス、両技術のメリットを1チップ上で融合し、低消費電力・超小型・超高速動作という特徴を兼ね備えた理想的な電気光学変調器の実現可能性を拓くものであるとしている

研究グループでは、新たに開発した有機・シリコン融合フォトニクス技術を駆使し、シリコン1次元フォトニック結晶構造と有機電気光学(EO)ポリマーとを組み合わせることで、従来の代表的な電気光学変調器であるLN変調器に比べ、素子サイズを1/1000に小型化し、変調効率を10倍以上向上させることに成功した。

有機電気光学ポリマー材料は、高い電気光学係数と超高速応答性(100GHz以上)を有しているが、屈折率が小さいため、小型・集積化は困難であると考えられていた。今回の成果は、シリコン1次元フォトニック結晶と有機電気光学ポリマーとのハイブリッド構造を実現したことで、数百nm以下という微小領域に光を閉じ込めて伝搬させることが可能となり、これによって素子サイズの大幅な小型化を実現した。また、フォトニック結晶構造の中では、スローライトという減速した光状態を作り出すことが可能であり、この効果を利用してデバイス内の電気光学特性を増大させることで、電気信号から光信号への変換効率を高めた。

今回開発された電気光学変調器は、シンプルな構造で、既存のシリコンCMOSプロセス、シリコンフォトニクスとの整合性も高く、低コスト化、実用化に適した構造でありながら、従来のLNやシリコンCMOSフォトニクスでは、実現できない低消費電力、超小型、超高速という3つの特性を併せ持っている。これは、100GHzを超える超高速・低消費電力なオンチップ光配線、チップ間の光通信の実現につながるものとして期待されるとしている。

図2 今回開発されたマッハツェンダ型の有機・シリコン融合型電気光学変調器。(a)変調器の模式図、(b)断面の拡大模式図、(c)シリコン1次元フォトニック結晶の電子顕微鏡(SEM)写真、(d)断面のSEM写真。(a)と(b)のように、有機・シリコン融合型電気光学変調器を、高精度なナノ微細加工技術と有機・シリコン融合プロセス技術を新たに開発することで作製。シリコンと有機材料とのハイブリッド構造では、屈折率の小さな有機材料でも十分な屈折率差を確保できるため、光の群速度を低下させることができ、ナノ微小領域での光閉じ込め、光伝搬が可能になる。(c)は、シリコン細線導波路で構成される光集積回路との整合性が高く、2次元フォトニック結晶と比較して、同等のスローライト効果を得られるだけでなく、デバイス専有面積を大幅に小さくすることができる。このため、実用性を備えたシンプルな構造でありながら、スローライト効果による変調効率の向上と素子サイズの小型化を実現することができる。また、有機電気光学(EO)ポリマーは、製膜後、電界ポーリング(分子配向処理)が必要だが、従来のシリコンスロット導波路では、シリコン電極間のリーク電流が原因で、EOポリマーの分子配向特性が大きく低下する問題があった。(b)と(d)は、分子配向制御に適した構造であることが特徴であり、シリコンナノプラットフォーム内において、バルク状態と遜色ない優れた配向特性を示すという

図3 有機・シリコン融合型電気光学変調器の(a)各印加電界に対する光出力スペクトル特性、および(b)デバイス内有効電気光学係数(r33 eff.値)と群屈折率の波長依存性。(a)のように、作製された有機・シリコン融合型電気光学変調器を用いて明瞭な光変調特性を観測。印加電界に応じた光出力スペクトルのシフト量からデバイス内性能指数(有効電気光学係数r33 eff.)を求めた結果、r33 eff.値として343pm/Vという、ニオブ酸リチウム変調器の10倍以上の性能に相当するデバイス性能を達成しており、これは、従来素子に対し、光変調効率が10倍以上向上したことを意味し、同じ素子サイズで比較した場合、1/10の省電力化に相当するという。さらに、(b)のr33 eff.値と群屈折率の対応関係から、群屈折率の上昇(光の群速度の低下)に伴ってデバイス性能であるr33 eff.値が増大していることが直接的に示されたことから、スローライト効果、つまり光の群速度を人工的に低下させることで、電気光学変調器の性能を大幅に向上できることを実証している

今回の成果は、LSIのボトルネックとなっている電気配線部を光配線に置き換える、超高速な光配線技術、光/電子融合集積回路の実現の可能性を飛躍的に高めるものとして大いに期待される。NICTでは、今回開発した有機・シリコン融合集積フォトニクス技術をさらに発展させ、電気光学デバイスの一層の高性能化を目指すとともに、安定性や信頼性の検証といった実用化に向けた取り組みを進めていくとコメントしている。