松本人志監督の4作目となる映画『R100』が、今月5日から公開をスタートした。"海外ウケ"がいいと言われる松本監督作だが、その高い評価の裏にはお笑い芸人、チャド・イアン・マレーンの存在があった。本人に直接取材を試みた。

チャド・イアン・マレーン
大阪NSC21期生。1979年11月28日生まれ。オーストラリア出身。身長169cm。O型。1999年1月に、加藤貴博とお笑いコンビの「チャド・マレーン」を結成。『R100』(2013年)をはじめ松本人志監督作の翻訳を手がけ、トロント国際映画祭では通訳としても活躍した。

チャド・マレーンは1999年デビューのお笑いコンビで、加藤貴博がツッコミ、チャド・イアン・マレーンがボケを担当。オーストラリア出身のチャドは、母国語が英語であることもあって、吉本興業の作品を中心に海外上映向けの英語字幕を手掛けている。松本監督作品はこれまでの4作品すべてを手がけ、海外での評判は彼の手によるものと言っても過言ではない。チャドと翻訳の出会いは2005年までさかのぼる。

山口雄大監督がメガホンを取り、板尾創路が構成で参加した2005年の映画『魁!! クロマティ高校 THE★MOVIE』。すでにある業者によって字幕が用意されていたが、「おもしろくないのでは」という意見が挙がり、チャドに白羽の矢が立った。一晩中作業に没頭して手直しをした作品は海外で大ウケ。字幕を付けたのは誰だと注目が集まり、「翻訳家・チャド」の名は業界内にまたたくまに広がった。その後、三池崇史監督作『ヤッターマン』をはじめ、木村祐一や板尾創路の監督作など、これまで20本以上の長編映画の翻訳を手がけてきた。

翻訳は地道で神経を使う、繊細な作業。専用ソフトを使いながら、映像を止めては字幕を打ち込んでいく。ポイントは、セリフの2フレーム前に字幕を表示させること。その理由について、チャドは「観客はまず画を見て、その後に字幕を見ます。文字として認識するのと同時に音が入るようにしなければならないんです」と説明する。最も意識しているのは、言葉と言葉の"間"。「ちょっとしたずれで、ウケるかウケへんかのポイントが変わる。僕はそこをめっちゃこだわってやっています。日本語とは文法的に違うので、文法的にはめちゃくちゃでも笑うタイミングは同じにしなければならないんです」と説明し、やりがいについては「3~4つのギャグがあって、尺的にどれかを捨てなければいけない場面できちんと笑いがとれるとうれしい」など、自身の笑いのセンスも試される仕事内容のようだ。

『R100』の作業時間はおよそ50時間。しかし、ほとんど直訳であるため、苦労をすることはなかったという。「翻訳をした僕だけが感じられることかもしれないんですが、ほんまに松本監督はすごいなと。1語1語が翻訳しやすくて、伝わりやすいということは本質的な"笑い"を突いているんです」。9月に行われた第38回トロント国際映画祭に同行したチャドは、観客の反応からそのことを再認識する。カンヌ、ロカルノ、トロント、ドーヴィルとこれまでの松本作品にも同行してきたチャドだが、本作の反応は「むちゃくちゃ良かったんです」。

しかし、トロントでは隣に松本監督が座っていたことから、「もうめっちゃ冷や汗かいてて。どこか一カ所だけでもすべるところがあったら、僕の訳があってないということだし」とプレッシャーもあるようで、心の中で念じていたのは「頼むからウケろ! 頼むからウケろ!」。ただ、オチのシーンで観客の反応が薄かったことが彼の中で引っかかっている。「意味が伝わった上でウケてないのか、難解で笑うポイントかどうかも分からなくてウケなかったのか…みんなの理解を超えてしまっているのか…」と語る表情は翻訳家そのものだった。

高校1年生の時に兵庫県に交換留学生として来日したチャド。「日本には何の興味もなかった」と特に目的もなく日本に降り立ったチャドだったが、「学校に行くとみんながダウンタウンさんの話をしてて。漫才についても教えてもらいました」と当時を振り返る。その後、吉本新喜劇や千原兄弟が司会をしていた番組「すんげー! Best10」などを何度も見返し、日本語を習得。半年ほどたつと漫才の内容も分かるようになったが、『ダウンタウンのごっつええ感じ』は全く理解できなかったという。それでも、「言葉の意味はわからんけど、ただ圧倒的に面白いというのは"におい"で分かった」。幼少期からアメリカの喜劇人のジェリー・ルイスに憧れ、コメディアンになることを夢見ていたチャドだったが、「日本のお笑いが世界一」と高校卒業後にNSCに入学した。

『R100』も一段落したチャドは現在、次の作品の翻訳に取り掛かっている。「誰にも気づかれないまま終わっていっているので、すごく切ない気持ちになる」とさびしそうに愚痴をこぼす場面もあったが、やはり本業は大好きなお笑い。「人の作品なので、面白かったら面白かったで『くそっ! こんなんやってる場合ちゃう!』って思うし、おもんなかったらおもんなかったで『くそぅ…こんなんやってる場合ちゃう…』」と立場上の悩みを明かしつつ、「いっぱいやっておけばいろんな作品も撮りやすくなるのかな」とも。「あとは僕が売れるのみ」と笑顔を見せるチャドの表情には、芸人としての確かなプライドがあった。

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