海洋研究開発機構(JAMSTEC)、群馬県立自然史博物館、中国・雲南大学、英国自然史博物館、米アリゾナ大学の5者は10月17日、地球環境と生物の共進化(互いに影響を及ぼし合いながら進化すること)における研究の一環として、中国雲南省昆明市の澄江(チェンジャン)から産出したカンブリア紀前期(画像1)の大付属肢型(頭部に大型の触手を有するタイプ)の節足動物「アラルコメネウス」(画像2)の化石神経系のイメージング(画像化・視覚化)を行うことに成功したと発表した。

成果は、JAMSTEC 海洋・極限環境生物圏領域の田中源吾研究技術専任スタッフ(元群馬県立自然史博物館学芸員)、雲南大 古生物研究重点実験室のXianguang Hou氏、同・Xiaoya Ma氏(英国自然史博物館にも所属)、英国自然史博物館のGregory D. Edgecombe氏、アリゾナ大のNicholas J. Strausfeld氏らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間10月16日付けで「Nature」電子版に掲載された。

画像1(左):アラルコメネウスが生息していたのは、約5億4200万年前から約4億8830万年前の古生代前期に属するカンブリア紀(の前期の約5億2500万年~5億2000万年前)。 画像2(右):アラルコメネウスの復元画。体長は約2.5cm

カンブリア紀前期は大型の海洋動物が地球上に初めて現れ、弱肉強食の生存競争が激化した時代であり、海洋環境の物質循環が安定する過程での生物と環境の相互作用を解明する上で重要とされている。今回の調査では、アラルコメネウスの化石標本について詳細な形態や元素組成の分析が行われ、通常では化石に残らない脳を初めとした中枢神経系がほぼ完璧に保存されていることが発見された。

そして、その中枢神経系の配列様式が現生する節足動物の中では鋏角類(クモ、サソリ、カブトガニの仲間)に最もよく対応していることから、カンブリア紀の大付属肢型節足動物が鋏角類に位置づけられることが明らかになった次第だ。

今回の研究に用いられた化石は、中国・澄江から1980年代に研究チームの1人であるHou Xianguang教授によって発見されたもので、今から約5億2500万年~5億2000万年前のカンブリア紀に生息していた化石群の「チェンジャン動物群」に属するもの。

この化石群は、前述したように通常では化石として残りにくい神経系などの軟体部が保存されているなど、化石の保存状態がよいことに加え、多数の新種の生物が発見されていることから、カンブリア紀に起こったとされる生物の飛躍的な進化と種類の増大、俗に「カンブリア大爆発」と呼ばれているものを理解する上で、非常に重要な情報を提供する場所として注目されている。

これまでに200種あまりの節足動物が発見されており、ヒレや足の類などの付属肢の配列や形態、触角や尾部の形態をもとに、節足動物の初期における系統進化の解明が試みられてきた。しかし、神経系の進化についての解明が進んでこなかったために、系統進化についてのさまざまな系統樹が提唱され、議論が分かれていたのである。

そこで研究チームは今回、雲南大に保管されている4万点におよぶチェンジャン動物群の化石の内、通常では化石として残りにくい複眼が保存されているものに注目し、高解像度の光学顕微鏡観察、マイクロCTスキャン、および「エネルギー分散型蛍光X線分析」を用いて、標本の複眼内部の詳細な形態や複眼部分を構成する元素の分析を実施。

その結果、複眼を構成する1つ1つの小さな個眼が発見されただけではなく、複眼から伸びる神経や、前述したように通常では化石に残らない脳などの中枢神経系がほぼ完璧に保存されていることも発見されたのである(画像3・4)。そしてこの神経系の詳細な調査が行われ、眼と「前大脳」の間に1つの大きな神経網の「1次視神経網」と、前大脳に続く4つの神経網が頭部に存在することが確認された(画像4のe、画像5)。

画像3(左)・画像4(中):チェンジャンから発見されたカンブリア紀前期の節足動物アラルコメネウス。(a)標本を背側から見たモンタージュ光学写真。(b)エネルギー分散型蛍光X線分析による鉄元素の濃集部分(紫色)。(c)マイクロCTスキャン画像。(d)bとcの画像が重ね合わされたもの。(e)bの白黒画像。(f)aとdを重ね合わせた頭部の画像。(g)エネルギー分散型蛍光X線分析による銅元素の濃集部分と、マイクロCTスキャン画像をaに重ね合わせたもの。 画像5(右):アラルコメネウスの眼と視神経束の詳細な図。(a)頭部。白枠はそれぞれbからdに対応。(b)左眼の左側の角膜部分。レンズ(矢印)が色素部分を覆っている。(c)レンズの列(左眼の右側)。(d)左眼部分の拡大。1次視神経綱とそれをつなぐ視神経、そして2次視神経綱へと続き、前大脳につながる。(e)エネルギー分散型蛍光X線分析による鉄元素の濃集部分(赤色)は視神経束や前大脳の位置とよく対応する

また、中大脳の神経節から大付属肢に神経が伸びていることから、カンブリア紀の節足動物の大付属肢と現存する鋏角類(サソリ、カブトガニの仲間)の「鋏角」(節足動物の付属肢の1種で餌などを掴むための口器)が共通する祖先に由来すること(相同性)が確認されたのである(画像6)。

さらに、今回発見されたアラルコメネウスの中枢神経系の配列様式が、現生する節足動物の中で鋏角類に最も類似していることからも(画像7・8)、系統樹においてカンブリア紀の大付属肢型の節足動物が鋏角類に位置づけられることが示されたというわけだ。

画像6(左):アラルコメネウスおよび近縁なレアンチョイアを左側から観察した図。矢印は頭部の後端を示す。(a)・(b)アラルコメネウス。(c)レアンチョイア。 画像7(中)・画像8(右):鋏角類の神経系。(a)~(c)「大付属肢型」節足動物と鋏角類の神経系の復元図。(a)アラルコメネウス。(b)カブトガニの幼生。(c)サソリ。(d)~(f)、節の神経網と視神経網の対応表。それぞれの眼は1次視神経網につながり、2次視神経網で前大脳につなる。食管裂孔は前大脳の後端に達する。アラルコメネウスの大付属肢神経網と頭部付属肢神経網とカブトガニの鋏角および触肢神経網は相同(共通の祖先に由来)である

なお、今回の成果はカンブリア紀前期という生物の進化の解明に非常に重要な時代の生物の中枢神経系を、非破壊でデータを取得しイメージングできることを初めて示したものである。今後は、今回の成果を足掛かりとしてさまざまな標本の系統的な解析を進めることによって、生物進化における中枢神経系の発達過程が明らかになることが期待されるとした。