東京工業大学(東工大)と東京大学物性研究所、フランス原子力庁(CEA)は10月15日、β型パイロクロア酸化物において、超伝導転移温度を変化させる仕組みがラットリングという原子の非調和振動によってもたらされていることを突き止めたと発表した。

同成果は、東工大の磯野貴之元大学院生(現物質・材料研究機構 研究員)、井澤公一准教授、東京大学物性研究所の廣井善二教授、フランス原子力庁(CEA)のJacques Flouquet博士らによるもの。詳細は、「Journal of the Physical Society of Japan」に掲載された。

単純な金属や合金などにみられる超伝導現象は、格子振動(原子の振動)を介して電子間に引力が働くことによって生じるという考えに基づく、BCS理論によってほぼ理解されている。通常の物質では、原子は周りの原子とバネで強く繋がれた調和振動子とみなすことができる。ところが、カゴ状物質と呼ばれる物質群ではラットリングと呼ばれる通常の物質にはあまりみられない非調和な原子振動が存在する。しかし、そのような特異な格子振動が超伝導に及ぼす影響はこれまでほとんど理解されていなかった。

β型パイロクロア酸化物のKOs2O6、RbOs2O6 およびCsOs2O6はカゴ状物質の1つであり、アルカリ原子(K、Rb、Cs)の非調和振動に由来した特異な超伝導状態が実現していると考えられている。例えば、BCS理論の予言とはまったく異なり、非調和振動の大きいKOs2O6が最も転移温度が高く、またその上部臨界磁場は低温で30Tを超えるなど、従来の超伝導では考えられないような現象が見られている。その一方で、外部から圧力を加えてアルカリ原子の非調和性を変化させてもKOs2O6、RbOs2O6、CsOs2O6それぞれの転移温度は系統的な変化を示さない。このように、超伝導と非調和性の関係性はある程度示唆されていたが、その詳細は明らかではなかった。

β型パイロクロア酸化物におけるカゴ状構造(左)。赤、緑、青色はそれぞれアルカリ(K、Rb、Cs)原子、オスミウム(Os)原子、酸素(O)原子を示す。カゴの中にいる原子が振動する様子(中)、通常の物質中において原子が振動する様子(右)

研究グループは、β型パイロクロア酸化物における圧力を加えていった時の超伝導転移温度の特異な変化が、ラットリングと呼ばれる物質中の原子の非調和振動によって統一的に理解できることを明らかにした。圧力により非調和性が増大すると、転移温度を決定する2つの因子のうち、伝導電子と格子の相互作用は増強し、もう一方の格子振動のエネルギーは減少することが、高圧下磁場中比熱の実験で明らかになった。

前者は超伝導転移温度を上昇させ、後者は減少させる効果であり、これら2つの相反した効果の競合により、転移温度がある値で極大値を取ることがわかった。これにより、β型パイロクロア酸化物における一見系統性のない超伝導転移温度の加圧による変化を統一的に理解できることを突き止めた。また、非調和性の大きさを最適化することで、既存の物質よりも数倍高い転移温度を有する新たな超伝導体が実現可能であることも示唆している。同成果は、高圧下精密比熱測定システムを用い、東京大学物性研究所のグループが育成した高純度単結晶試料を用いて測定して得られた。

非調和性の変化に対する超伝導転移温度の変化(上)、電子と格子との相互作用の強さの変化(中)、格子振動のエネルギーの変化(下)。赤、緑、青色のプロットは、それぞれKOs2O6、RbOs2O6、CsOs2O6の結果を示している

今回の成果は、これまでBCS理論では想定されていなかった非調和振動が超伝導に与える影響を実験的に明らかにしたものであり、格子振動を介した超伝導の理解をさらに深める重要な情報を与えるものという。また、そのような学術的だけでなく、応用的側面から超伝導転移温度を上げるための指針を与えるものとしても意義がある。今後、この成果をもとに、より高い転移温度を持つ超伝導体が発見されることに期待が持たれるとコメントしている。