北海道大学(北大)は10月11日、脊椎動物の未成熟な卵に蓄積されたメッセンジャーRNA(mRNA)が「顆粒」を形成すること、さらにこれら顆粒が卵における分子タイマーとして働き、タンパク質が合成される正確なタイミングを調節することを解明したと発表した。

成果は、北大大学院 理学研究院の小谷友也 准教授、同・太田龍馬氏、同・山下正兼教授、同・大学院 生命科学院の安田恭大氏らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間9月24日付けで「The Journal of Cell Biology」誌に掲載された。

生命が持つ遺伝子は、必要な時期に正確なタイミングでタンパク質に変換されることが重要だ。別のいい方をすれば、多くの生命現象にとっては、遺伝子の情報が正確なタイミングでタンパク質に変換されることで進行するのである。

卵は成長の過程で遺伝子の転写産物、mRNAを大量に蓄積するが、それらの大部分はすぐにはタンパク質を合成せず、卵が成熟する過程や受精後の発生過程においてタンパク質となり、受精や個体形成において重要な役割を果たす。卵のタンパク質合成のタイミングは数分という単位で調節されており、その正確な制御があって初めて精子と受精できる正常な卵が形成されるのである。しかし、卵に蓄積されたmRNAが正確なタイミングでタンパク質に変換される仕組みは、実はよくわかっていなかった。

一方、初期胚や神経系組織の多様な細胞において、mRNA分子が顆粒を形成し細胞内に蓄積されることが最近の研究で明らかとなっている。しかし、形成された顆粒の役割もまだ解明されていない。そこで研究チームは今回、モデル脊椎動物のマウスとゼブラフィッシュを用い、卵に蓄積されたmRNA「cyclinB1」の状態を最新の検出法を用い観察するという手法を選択して実験を進めたのである。さらに、外来遺伝子を導入したゼブラフィッシュが作製され、顆粒を形成しないmRNAの解析も詳細に行われた次第だ。

また、cyclin B1の顆粒形成が卵内の「アクチン繊維」(細胞骨格や筋繊維を構成するタンパク質の1つ)に依存することが見出され、顆粒を拡散させることでタンパク質合成のタイミングが変化するのか、反対に顆粒を安定化することでタイミングが変化するのかの解析も実施された。

マウスとゼブラフィッシュのいずれの卵においても、cyclin B1は多数の顆粒を形成して存在していることが確認済みだ(画像)。ただし、これら多数の顆粒は卵が成熟する過程でほぼ完全に消失することが判明。そのタイミングは、mRNAからタンパク質が翻訳されるタイミングと一致していたのである。

マウス卵母細胞におけるcyclin B1の顆粒(緑)。卵と濾胞細胞の核は青で染色されている。GVは卵の核を示す

外来遺伝子を導入したゼブラフィッシュの解析から、cyclin B1の顆粒形成にはRNA結合タンパク質「Pumilio1」が関わること、Pumilio1に結合できず顆粒を形成しないmRNAは、本来のタイミングよりも早いタイミングでタンパク質となることが明らかになった。

さらに、アクチン繊維の脱重合により顆粒を拡散させると、タンパク質が合成されるタイミングが大幅に早まることが判明。反対に、アクチン繊維を安定化し顆粒の消失を阻害すると、mRNAからタンパク質は合成されないことが確かめられたのである。Pumilio1の部分配列を過剰に発現させて顆粒を安定化させると、この場合も同様にタンパク質の合成が阻害されることが明らかになった。これらの結果から、卵に蓄積されたmRNAは顆粒の形成と消失によってタンパク質合成のタイミングを調節していることがわかったのである。

cyclin B1が正確なタイミングでタンパク質となることは、受精可能な卵の形成に欠かせないという。cyclin B1がタンパク質となるタイミングがずれると、紡錘体の形成が正常に起こらず、その結果として染色体が分配されないため、精子との受精が成立しないのである。

同様に、卵に蓄積された数多くのmRNAがそれぞれに正確なタイミングでタンパク質に翻訳されないと、受精し個体を生み出す卵がやはり形成されないという。今回の成果は、不妊の原因解明の糸口となる可能性があり、新たな治療法の開発につながることが期待されるとする。さらに、初期胚や神経系組織などのさまざまな細胞に見られるRNA顆粒の役割解明につながることも期待されるとした。