京都大学は10月4日、脊索動物胚における神経と表皮の運命を決める詳しい仕組みとして、表皮から神経を誘導する1つの「司令分子」と、神経誘導を抑制する2種類の司令分子の協調作用によって、運命が明確に区別されることを解明したと発表した。

成果は、京大 理学研究科の佐藤ゆたか准教授、同・太田尚志大学院生らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国太平洋標準時間10月3日付けで米科学誌「Plos Genetics」に掲載された。

動物の発生においては、特定の細胞から司令分子と呼ばれるタンパク質が分泌され、距離に応じて、司令分子の濃度の勾配がつく。その司令分子の濃度に応じて、細胞は異なる応答を行い、さまざまな組織が分化していく仕組みだ(画像1)。

一方で、司令分子が細胞内へその情報を伝達する過程は確率的な現象であり、同一の濃度の司令分子が存在しても、司令分子が個々の細胞内へ伝える情報の量は常に一定ではない。それにも関わらず、組織の境界がきれいに分離する理由がわかっていなかった。

画像1。細胞外に分泌される分子の濃度勾配によって、細胞の運命が決定される様子

脊索動物の「ホヤ」の神経細胞は、ヒトを含む脊椎動物と同じように、神経や表皮を作る未分化の細胞群である「外胚葉」から生じる。研究チームは今回、このホヤの発生において神経と表皮細胞の運命を明確に区別する機構を解明した。表皮から神経を誘導する1つの司令分子と、神経誘導を抑制する2種類の司令分子の協調作用によって、運命が明確に区別されることがわかったのである。

ホヤ胚において表皮から神経を誘導する司令分子は「FGF」と呼ばれ、コンピュータを利用した予測では、この分子は神経に誘導される細胞に最も多く受容される。その一方で、神経誘導を抑制する分子「EphrinA」はFGFと逆向きの勾配を持ち、FGFの信号が細胞内で伝達される途中の過程を抑制する仕組みだ。このことによって、神経誘導を行う正味の信号はより急な勾配を持つことになるのである。

これだけでもほとんどの場合には、正常に神経と表皮の発生運命が分離するが、まれに余分な神経細胞ができてしまう。これは、信号の伝達過程が確率的現象であることと関係していると考えられるという。このまれに起こる確率的現象を抑制するために、ホヤ胚では「TGFβ」ファミリーに属する別の2つの司令分子「ADMP」と「GDF1/3-like」の信号が直接ゲノムに働きかけて、神経で発現すべき遺伝子の発現を抑制しているというメカニズムを実現している。

つまり、この2つの司令分子はFGFとEphrinAの差し引きで作られた正味の活性化信号に対して、弱い信号では細胞が反応しないように不感受性の部分、いわば「あそび」の部分を作り出しているというわけだ。これによって、神経か表皮かという二者択一の選択がきれいに行われることになるのである。

画像2。ホヤ胚を用いて明らかにした神経と表皮を明確に区別する機構

ホヤはわれわれヒトと同じ脊索動物門に属する動物で、体の最も基本的な作りは共通だ。脊椎動物でも神経誘導にTGFβファミリーの分子とFGFが利用されており、その作用機序は多くが明らかにされてきたが、必ずしも完全に理解されているわけではない。そうした不明な部分も、今回明らかにした神経誘導の機構と同じ機構が脊椎動物でも使われていると考えることで説明できるかも知れない、としている。