慶応義塾大学(慶応大)は10月7日、有機機能薄膜を太陽電池や波長変換素子、センサなどに応用展開するための基盤となる重要な技術的指針として、機能性有機分子で作った数nmの超薄膜上へ、金属電極を形成する技術を開発したことを発表した。

同成果は、同大 理工学部の中嶋敦 教授らによるもの。詳細は独学術誌「Advanced Functional Materials」オンライン速報版に近日中に掲載される予定。

有機薄膜の機能を利用した情報素子や光電変換素子を作製するためには、有機薄膜の秩序性および機能性を損なうことなく電極を接続し、電気信号の入出力(電荷の注入あるいは取り出し)を制御する必要がある。

多くの有機素子は2つの金属電極間へさまざまな有機薄膜を配置したサンドイッチ構造(電極/有機分子層/電極)で構成されるが、このとき、上下の金属電極と有機薄膜間に形成される金属と有機分子、および有機分子と金属の界面が素子性能を左右することが知られている。特に、金属原子の侵入が起こらないような界面の設計は、電荷(電子および正孔)注入の制御、蓄積や取り出しを実現する上で重要な要素技術であるとされている。

サンドイッチ型素子の最も基本的な作製手順としては、下部電極となる金属基板上へ有機薄膜を積層した後、上部電極として金属層を気相蒸着によって形成する。有機薄膜を平坦な金属表面上に形成する場合には、金属原子の侵入がない有機分子と金属の界面をさまざまな方法によって形成することができるが、有機薄膜上に金属原子を気相蒸着し電極形成する場合には、金属原子の侵入によって有機薄膜の破壊や電極間の金属架橋形成(短絡)などが起きて、素子特性が劣化することが指摘されてきており、より有機薄膜の膜厚を薄くしようとすると、致命的な問題になってくることから、厚さ数nmの有機薄膜上へ、制御しながら電極形成できる新技術の開発が求められていた。

今回の研究では、金属ナノクラスターの気相合成、サイズの選別、蒸着、および物性評価を一貫して真空中で行い、有機薄膜として、シリコン基板上へ適量のフラーレン分子を真空蒸着することで、厚さ数分子層のフラーレン超薄膜の作製が行われた。この薄膜は高い分子配向性を持つことが確認されたほか、今回の研究では、マグネトロンスパッタリング法により、さまざまなサイズの銀(Ag)ナノクラスターの気相合成が行われており、それらのサイズを原子1個の精度で選別した後にフラーレン薄膜表面へ蒸着。その試料表面の形態と界面の電気的接続を、走査トンネル顕微法/分光法(STM/STS)を用いて原子レベルの精度で評価したという。

フラーレン有機薄膜上に蒸着された銀ナノクラスター(左)と走査トンネル顕微鏡(STM)測定の模式図(右)。フラーレン有機薄膜の上に銀ナノクラスター55量体を蒸着させると、ナノクラスターが重なりあうことなく単独で表面に蒸着される。左のSTM像から、フラーレン薄膜が極めて高い秩序性を維持したまま銀ナノクラスターが蒸着できていることが分かる。この様子は、さらに大量の銀ナノクラスター55量体を蒸着させても変化することがない。これらは有機薄膜内への銀原子の侵入のない、金属/有機薄膜界面が形成されていることを示している

その結果、3分子層の厚さを持つフラーレン薄膜上へ、Ag55(55個の銀原子が集合したナノクラスター)を蒸着していることが確認されたほか、分子膜上にナノクラスター蒸着前に観測されなかった特徴的なドット形状の構造体が形成されいることが判明。この個々のドットの高さを統計的に調べたところ、大半のドットの高さは、理論的に予測されるAg55のサイズとほぼ一致する1.2nmであることが分かったという。

フラーレン有機薄膜上に蒸着された銀ナノクラスター。(a)Ag55クラスターを蒸着したフラーレン薄膜表面のSTM像、(b)ドット高さの分布。(c)理論的に予想されるAg55ナノクラスターの幾何学構造。(d)Ag7クラスターを蒸着したフラーレン薄膜表面のSTM像、(e)ドット高さの分布。(f)理論的に予想されるAg7ナノクラスターの幾何学構造。フラーレン薄膜上に銀ナノクラスター55量体を蒸着させると、フラーレン薄膜の厚みや蒸着量を変えても、ナノクラスターの高さ分布は1.2nmにピークを持つ。この数値は銀ナノクラスター55量体のサイズとして理論的に推定された値に一致する。このことから、銀ナノクラスター55量体が構造を保持したまま、単一層としてフラーレン薄膜上に蒸着されていることが分かる

また、Ag7(7個の銀原子が集合したナノクラスター)を蒸着したところ、今度はAg7のサイズに相当する高さのドットが大半に形成されることも確認され、これらのことから、蒸着されたナノクラスターが破壊されることなく分子薄膜上に乗っていることが示されたこととなった。

さらに、ナノクラスターの蒸着量を増加させることによって、分子薄膜表面を銀ナノクラスターによって一様に被覆することもできることも示されたほか、この被覆過程の調査から、銀ナノクラスターの密度増加に対してフラーレン薄膜の物理的な破壊や、分子の配向性の劣化が生じないことも確認されたとのことで、厚さ数分子層の有機超薄膜に対して、その秩序性を損なうことなく、電極形成できることが示されたという。

 Ag55ナノクラスターの蒸着量を(a)から(c)へと増加させたときのフラーレン薄膜表面の様子。ナノクラスターの蒸着量を増加させることによって、分子薄膜表面をAgナノクラスターによって一様に被覆することができる。また、フラーレン薄膜フラーレンの高い秩序性は維持され、乱されることはない

加えて、STM探針を試料表面へ接近させ試料とSTM探針の間に流れる電流(トンネル電流)を、フラーレン薄膜上の銀ナノクラスターの存在する領域と存在しない領域で測定したところ、銀ナノクラスターの存在する領域では、探針に加えた電圧が正および負の領域において、ともに特定の電圧において導電性の指標である微分コンダクタンス(dI/dV)が極大ピークを示すことが確認された。これは、正および負電圧領域におけるピークの存在は、銀ナノクラスターを介してフラーレン薄膜へそれぞれ正孔および電子が注入されていることを意味するという。また、電荷注入に必要な電圧値(注入障壁)を、銀ナノクラスターの蒸着条件やクラスターのサイズを調整することで制御できることも判明したほか、銀ナノクラスターの存在しないフラーレン薄膜表面では、正電圧の領域にはピークが現われず、正孔注入が困難であることも示されたという。

Ag55ナノクラスターを蒸着したフラーレン薄膜(2分子層膜)上のAg55の(a)存在する領域および(b)存在しない領域で行ったトンネル電流測定結果。走査トンネル顕微鏡において、銀ナノクラスター上の探針の位置を固定して探針電圧(バイアス)を変えていくと、探針電圧が正(+)の領域と負(-)の領域にトンネル電流が極大となる点が現れる。正領域におけるピークは、フラーレン薄膜に正孔が注入され、負領域におけるピークは電子が注入されていることに対応する。一方、銀ナノクラスターを蒸着していない領域では、正の電圧領域にこのようなピークは観察されない。これはフラーレン薄膜だけでは正孔が注入されないことを示す

今回の研究成果について研究グループは、有機薄膜上への金属ナノクラスター蒸着により形成される金属/有機薄膜界面の構造・電子状態に関する前例のない基礎的発見であると同時に、有機薄膜上への金属電極の形成という有機薄膜デバイス実現のための重要な技術指針を提供するものだと説明しており、今後は、同成果に基づいて、種々の有機分子とナノクラスターの組み合わせや、それらの複合化などを工夫することで、ナノクラスターを応用した新たなデバイス開発を加速していきたいと考えているとコメントしている。

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