人類最速を競うと言われている男子100m走。1980年代までは10秒で世界を戦うことができたものが、1990年代に入り10秒を切ることはその舞台に立つ必須条件になりました。そして、今では9秒台前半に迫る記録が出ていることは記憶に新しいところです。

トップアスリートでありつづけるために

100mという短い距離をいかに速く走り抜けるかという、一見単純な競技に対し、どのように対応し、選手及びチームは戦っているのでしょうか。また、記録更新に向けて、どのように日々練習を積み重ねているのでしょうか。そのポイントを挙げると次のようになるでしょう。

まずはスタートです。100mにおいてスタートダッシュに課題を持っている選手は多く、コーチを付けることまであるようです。素早いスタートを切るためには、あらゆる神経を極限まで研ぎ澄まし、スターターのピストルに的確に反応することが必要です。

次に肉体です。アスリートにとって、推進力を生みだす肉体改造も重要な要素です。肉体を改造し、体幹を鍛えることはもちろん大切ですが、必要以上の筋力をつけることで記録を伸ばすどころか、逆に筋力が邪魔になってしまう場合もあります。速く走るという目的に合った筋肉が必要です。また、地面との接地感覚や風向きなど、神経を研ぎ澄ませて五感から得た様々な情報を瞬時に判断し、体の隅々まで命令をいきわたらせることも求められています。

最後は道具です。この20年で走る道具が大きく変わっています。ウェアやシューズは驚くほど軽量化がすすみ、かつ格段に高機能になりました。シューズを例にとると、選手ごとの走り方に応じて、蹴り出す力を出来るだけ地面に伝えられるようピンの長さを調節し、プレートの材質や反発性を変更するなどした上、可能な限りの軽量化が施されています。専門家たちによって研究・開発された製品を使うことは、アスリートが持つ能力を最大限に発揮するために欠かせないものです。

「スマホ時代」に半導体・電子部品企業がトップランナーであり続けるために

さて、ここからは同様に短距離競走で(ライフサイクルが短く)、スピードが大いに求められている「スマホ時代」に目を向けてみましょう。1980年から2000年までにかけて、半導体・電子部品各社の主要な成長市場であった家電製品や自動車では、日系メーカー各社が世界の最高峰に君臨し、こうした日系メーカーについていけば、世界の表舞台で戦うことができたのです。

その結果、半導体・電子部品企業のサプライチェーン - 製造過程における研究開発、デザインから販売、販売後のサポートにいたるまで - は、そうした市場セグメントの要求を満たすことに向けられていたのです。

開発、そして納入に関しては、かつての主要な顧客企業は製品の市場投入の早さよりもチップの集積度と機能性を高く評価していたのです。3年から4年先のエンドユーザーのアップグレードや更新サイクルに対して、6か月から12か月という半導体・電子部品の製造サイクルは、新製品の市場投入サイクルの妨げとはまったくなっていなかったのです。

現在に時を進めると、電子部品・半導体市場の成長を支えているのはスマートフォン、タブレット、多機能型ポータブルPCなどに代表される「スマートデバイス」で、急速な需要拡大により市場の形勢や力学は大きく変化しています。IDCの2012年3月の予測によると、これらスマートデバイスの出荷台数は約11億台であったものが、2016年には20億台に手が届くまでに増加するとの見通しです。

この新しいトレンドは、半導体・電子部品業界に大きな影響を及ぼしています。例えば、2012年に世界の半導体市場の収益のうち、約16%が産業用製品からのもので、今後2015年までほぼ同じ割合で、年平均成長率も7.5%の見込みです。しかし、この成長も年平均成長率11%と予測されているスマートデバイス市場の収益に大きく追い越され、その結果2015年には、これらスマートデバイス企業が市場の62%を占めるまでに至ると予測されています。これは、顧客基盤の変化への対応がより強く求められることを意味しています。

半導体・電子部品企業が市場規模全体では横ばい、もしくは徐々にしか成長しない中、「スマホ時代」のセグメントでは、収益の面でも出荷台数の面でも急成長を遂げるというシナリオです。半導体市場全体では2010年から2015年までの年平均成長率は4.6%程度と予測されていますが、最低でもその成長の63%はスマートフォンとタブレットによるものと期待されています。このような環境下で、より企業価値を高めるために、各企業は収益の追加成長がどこから生み出されるのか、その源泉に一層注力して資本投下する必要が出てくるでしょう。

半導体・電子部品企業にとって、消費者向けスマートデバイス市場に注力することは、現在もすでに進行中であるこれら新製品の市場投入サイクルの加速により、さらに挑戦的なものとなります。新製品発売の時間枠は、メーカーによって異なります。しかし、加速する短い開発サイクルは、製品の急速な増殖を助長しています。2010年に最初のタブレットが発売されましたが、2011年末にはすでに64社から102種ものタブレットが市場に出回っているか、もしくは生産されていました。そして、2015年までには300種以上のタブレットと、1000種以上のスマートフォンがリリースされると予測されています。

「スマホ時代」においても、心臓部としての「半導体・電子部品」は絶対的な存在です。さらに、差別化機能を内蔵するスマートデバイス製品は、消費者へのアピールの鍵となる最上位機種が揃う市場により早く投入され、その発売のスピードは、成功への重要な要素となっています(* iPhoneやiPadにみられるように、Appleのアプローチは、それぞれの製品の拡張モデルを年に1回発売するというものです。一方、他のメーカーは、より早い製品サイクルを用いています。例えば、Nokiaは2011年に40種のモデルを発売し、2012年には20種以上のスマートフォンを発売しています。Samsung Electronicsは2011年以降、10種の異なるGalaxy Tabのモデルを発売しています)。

同時に、スマートデバイスメーカーが幅広い機能-例えば、これまでにない高解像度画面とカメラ、より高品質な録音・録画機能、大容量のメモリ、音声認識など-をより短いサイクルでより小さな形状に収まるよう半導体・電子部品企業に求め続けています。にもかかわらず、部品製造メーカーにおける、サプライチェーンのリードタイムは、約24週から28週に留まっています。

多くのスマートデバイスメーカーは、複数の新製品またはアップグレード製品を次から次へと市場に送り出しているので、避けがたい事実として、既存のサプライチェーンのサイクルが長過ぎるという現実にいくつも直面しているのです。例えば、半導体企業の6か月にもおよぶ開発サイクルは、全体の販売サイクルがそれよりも短い消費者向けスマートデバイスにとって深刻な課題を突き付ける結果となっています。

時間というプレッシャーに加えて、「スマホ時代」に対応しようとするこうした企業は、コストと複雑さの課題にも直面することになります。スマートデバイス市場では、将来の需要は極めて予測が難しく、価格決定においても従来のアプローチを採用するのは非常に危険です。しかも、予想を越えた急な需要の高まりに備えるために高度な在庫調整力が要求されます。

半導体・電子部品企業に投げかけられた重要な課題とは…

こうした市場変化と課題は1つの重要な質問を提示します。「半導体企業は、消費者向けスマートデバイスのライフサイクルに順応できるのか」ということです。

別の言い方に置き換えると、もしスマートデバイスメーカーが新製品の市場投入を12か月周期で実行した場合、この新製品の市場投入へのリードタイムの50%近くが1つのコンポーネント(半導体・電子部品)の製造によって占められることは持続可能なのでしょうか。

こうした新製品の市場投入サイクルが、徐々に製造メーカーのリードタイムの限界を越えて短くなることは必至です。一度そうなると、圧倒的にリードタイムを短縮することができる製造メーカーのみが、初期段階から市場シェアの獲得が可能となり、結果、技術的に優れた競合他社よりも、販売価格を高く設定することが可能となるでしょう。

つまり、サプライチェーンを劇的に加速させ、リードタイムを短縮することに成功することができる企業のみが、「スマホ時代」の追い風を享受して大きなシェアを獲得し、競争優位性を獲得できるということです。

半導体・電子部品企業は、こうしたニーズにあったサプライチェーンを再構築し、最適化することでビジネス機会を獲得することができるでしょう。この変革を達成することができれば、業界のリーダーとしての地位を確立することが可能となるでしょう。ここからは、どのようにすれば達成可能かを検証します。

ここでは、技術/イノベーション、サプライチェーンの再構築/検討、OEM各社とのパートナーシップを通じた企業力の強化、そして供給能力の強化にフォーカスして、対応策の幾つか紹介しましょう。

半導体・電子部品企業は、タブレットやスマートフォンの設計共通基盤の増加によって、その需要が増すと予想される微細化技術を駆使した大容量の集積回路が内蔵された大型ダイサイズ(半導体の面積)のプロセッサに対応できる能力が必要となります。2012年だけでも、300mmウェハの容量で28%も集積度が増加しており、今後も引き続き増加し続けると予測されています。

開発・設計の段階から、製造メーカー各社がOEM各社と連携し強化し、より良い製品販売計画を可能にするためにも、半導体・電子部品のライフサイクルにおけるサプライチェーンの透明性と可視性を高め、顧客であるOEM各社に対して確かな情報を提供する必要があります。

また、イノベーション的にも、記憶素子を垂直方向に積み重ねる3次元構造のIC開発は、微細化、低消費電力、市場投入までのリードタイム、コスト削減などの面で利点が多く、次世代のメモリ技術として開発を急ピッチで推し進める必要があります。さらに、短期間にソフトウェアの最終レイヤの変更を可能にする柔軟な設計能力も不可欠です。

「スマホ時代」の拡大する需要と新機能を可能にするために、各社は様々な外部組織と複数のパートナーシップを形成することになるでしょう。こうしたパートナーシップは、協業関係を利用してビジネスにおける敏捷性の拡大、資産活用の改善、技術面・製造面での素早い変化への対応を可能にします。

顧客の要望に応えるという点においては、各社は生産能力の拡張性や在庫管理を改善し、物流、流通機能を改善する必要があります。典型的な在庫管理の手法とそのレベルは、突発的に需要が高まる可能性のあるスマートデバイス市場においてはうまく機能しません。短い製品ライフサイクルと高い需要と変動を考慮しつつ、最適な在庫レベルを見極める必要があります。過剰在庫とボトルネック発生の間の絶妙なバランスを見い出すことが不可欠です。「スマホ時代」の受注頻度の多さと注文量の増加を考慮すると、受注から入金管理までの一連のプロセスのリードタイムは短縮されなければなりません。効率的なインバウンド、アウトバウンド双方の物流がますます重要な役割を担います。

そして、新しいスマートデバイス製品の早期立ち上げサイクルに対応するために、リードタイムの削減や、潜在的で且つ飛躍的な売上成長等を見越した生産能力の強化と生産能力レベルを調整する必要もあります。

まとめ

消費者によるスマートデバイス利用が今後も増え続ける一方で、顧客であるスマートデバイスのOEM各社は市場投入のスピードと特徴ある機能で差別化を図った新製品を増殖的に発売し、結果、半導体・電子部品企業は根本的な課題に直面しています。既存のバリュー・チェーンを考えた時、これは大きな挑戦です。製造メーカーの既存のオペレーティングモデルは、その需要が家電やコンピュータ、産業用機械/機器、自動車といった顧客基盤が中心的な存在であった時代に構築されたため、ライフサイクルの極めて短い、そして多機能とデザイン性を兼ね備えた「スマホ時代」の市場投入サイクルの速さを支える態勢が十分ではなかったのです。その結果、今まさに、市場価値や、売り上げの急速に高まりを見せているこの新たなセグメントの要求を満たし軸足を移す必要性に迫られています。

短期的に見ると、最長で28週にもおよぶ既存の製品開発サイクルでもなんとか対応が可能かもしれません。しかし、新製品投入サイクルが製造メーカー各社のそれを一度でも下回った時には、危機的状況に陥ることは明白です。この形勢を一変させる転換点は、堅牢なサプライチェーン、歩留まりの飛躍的向上、市場への迅速な対応から得られる企業価値の拡大です。

このような新しい市場が突如浮上したとき、前述のようなポイントに着目して対応策を実行に移していれば、業界をリードし、そして競争優位なポジションを確立できるでしょう。半導体・電子部品企業がこうした市場環境に対応することは、一刻を争います。

冒頭に挙げた100mのトップアスリートと同様に、スタートダッシュ、体質改善(肉体改造)、そして各種道具を最大限活用する時を迎え、半導体・電子部品企業の次の一手が今後の数年間の成功を形成するでしょう。

著者紹介

松嵜康誉
アクセンチュア 通信・メディア・ハイテク本部 マネジング・ディレクター
略歴:半導体・電子部品企業をはじめとして、エレクトロニクス・ハイテク業界の幅広い産業分野に対して、企業戦略、事業戦略から、基幹業務・システム構築、コスト改革、新規ビジネスの立ち上げなどの策定から改革実行・定着化までの各種プロジェクトを数多く手掛けている。
また、アクセンチュアの関西オフィス所長も兼務し、関西に拠点を持つ企業の成長戦略にも従事する。