理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、京都大学、東京農工大学(農工大)の4者は9月24日、「X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)」を利用した新しい「X線吸収分光法(XAS:X-ray absorption spectroscopy)」を考案し、理研のXFEL施設「SACLA(サクラ:SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser)」での実証実験に成功したと共同で発表した。

成果は、JASRIの片山哲夫博士研究員、理研 放射光科学総合研究センターの矢橋牧名グループディレクター、同・光量子工学研究領域の小城吉寛上級研究員、京大大学院 理学研究科の鈴木俊法教授、農工大大学院の三沢和彦教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間9月26日付けで米科学誌「Applied Physics Letters」オンライン版に掲載された。

XFELとはX線領域におけるレーザーのことで、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限がないのが特徴だ。そしてSACLAは理研が所有し、JASRIが運用する、日本で初めて建設されたXFEL施設だ。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにも関わらず、0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有している。

そしてXASは、試料にX線を照射すると、試料に含まれる元素に固有なエネルギーのX線が吸収されることを利用し、照射するX線のエネルギーを変えながらその物質による「吸光度」(光が物質を通過した際にどの程度弱まるかを示す無次元量(α)のこと)を測定する実験方法だ。液体・固体・気体といった試料の形態を問わず、注目した原子周辺の局所的な構造や化学状態を知ることが可能である。また、分析する試料は結晶にする必要がないこと、軽元素以外は大気中でも測定可能なことなど、測定できる試料の自由度が高い点も優れた点だ。

そのため、XASは原理的には化学反応の全容を理解することが可能だが、反応初期の超高速現象を追跡するには、パルス幅の短いX線を用いて反応途中の一瞬を切り出して(フラッシュをたいて写真を撮るように)観察する必要がある。しかし、従来の放射光はそのパルス幅の短縮に限界があり、フェムト秒の時間スケールで起こる化学反応を追跡することは困難だった。

ただし、SACLAや、世界で初めて建設されたXFEL施設である米SLAC国立加速器研究所(旧スタンフォード線形加速器センター)の「LCLS(Linac Coherent Light Source)」などのXFEL施設から発振されるレーザーは、オングストロームレベルの波長と数10フェムト秒以下のパルス幅を持つ新しいX線だ。XFELの特性を利用することで原子や分子の瞬間的な動きをとらえることが可能になると期待されている。

しかし、現状のSACLAでは1秒間に発生できるX線パルスの数が20パルスと少ないため、十分な信号雑音比のデータを積算するには、1パルスで得られる情報量がなるべく多い高効率な分光法の開発が必要だった。

従来のX線吸収分光では、狭いエネルギー範囲のX線を分けて取り出し、そのX線のエネルギーを少しずつ変えながら試料に照射する。そして、X線のエネルギーごとに、試料前後のX線強度の比(規格化)を取って、吸光度を計測。一方で、XFELは広い波長帯域(約50eV)を持つため、その帯域に応じたエネルギー領域の吸光度を一括計測するのに向いている。XFELでしか得られない短パルス性という利点を活かすには、この一括測定が必要となるというわけだ。

ところが、XFELのスペクトルは微細なスパイク形状の集まりになっているため(画像1)、入射X線の明るさは波長によって極端に変動してしまう。そのため、XFELの波長帯域(50eV)と同程度の吸収スペクトルを得るには、試料前後のX線のスペクトルを同時に計測する必要があるのだ。そこで研究チームは、XFELを2つに分割し、2種類のスペクトルを同時に観測して吸光度を算出する手法を考案したのである。

画像1は、スペクトルの波形がパルスごとに変化する「SASE(Self Amplified Spontaneous Emission:自己増幅自発放射)方式」のXFELのスペクトル。赤、青はそれぞれ1パルスごとのスペクトルで、パルスごとにランダムなスパイク構造を持つことがわかる。

なお、短波長のX線では反射率の高い鏡が存在せず共振器を作ることができないことから、加速した電子を非常に長いアンジュレータ(磁石列を上下に配置して、その間を通り抜ける電子から明るい光を放射させる装置)に通して、後ろの電子から出る光と前の電子との相互作用によって電子を波長間隔に並べ、コヒーレントなX線を発生させる方式をSASEという。SASEのスペクトルおよび時間構造は、微細に観測すると画像1のように細かいスパイク形状の集まりとなる。

画像1。SASE方式XFELのスペクトル

研究チームは、XFELを分割するため透過型回折格子を使用することにした。XFELを透過型回折格子に照射することにより発生する2本の回折光は、異なる光路を伝搬するため、片方の光路のみに試料を設置することが可能だ。この手法では同時に2種類のスペクトルを観測するため、SASE方式のXFELにおいても、正確な吸光度を効率よく計測することができるのである。

そこで研究チームは今回、SACLAのビームラインにおいて、楕円ミラー、シリコン分光結晶、高感度のX線CCDカメラを組み合わせたスペクトロメーターに分割した2本のX線ビームを導入し(画像2)、スペクトルの計測を実施した(画像3・4)。

画像2(左):透過型回折格子によって分割したX線ビームと、楕円ミラー、シリコン分光結晶、X線CCDカメラを組み合わせたスペクトロメーターの模式図。2種類のスペクトルを同時に計測するため、透過型回折格子(Ta:タンタル、SiC:シリコンカーバイド)からの回折光が利用された。広範囲なエネルギースペクトルの観測範囲を得るには、発散角(ビームの拡がりの角度)が大きなX線ビームが必要であるため、楕円ミラーで反射させて発散角を大きくしている。分割した2本のビームをシリコン分光結晶へ入射させると、ブラッグの条件(X線のエネルギーに依存した角度でX線が回折される)を満たすように、X線のエネルギーによって違う角度で回折され、その反射ビームがX線CCDカメラによって検出された。画像3(中)・画像4(右):試料なしで測定した2つの回折光スペクトルの比較。画像3は、試料なしで計測した2つの回折光のスペクトル。画像4は、中の黒線を赤線で割ったもの。2つのスペクトルがよく一致しており、吸収スペクトルを算出するための規格化ができることがわかる

片方の光路にのみ亜鉛薄膜や鉄アンモニウム錯体水溶液を試料として設置し、試料を透過するX線と透過しないX線の2種類のスペクトルを計測したのである。その結果、広範な波長範囲の吸収スペクトルを一括に計測することに成功したというわけだ(画像5・6)。今回の手法で計測したX線吸収スペクトルは、従来の手法で測定した参照用のX線吸収スペクトルとよく一致しており、正確に吸光度を計測できることが確認された。

各サンプルを2つの光路の片方に設置して計測したさまざまな試料のX線吸収スペクトル。それぞれ試料としてZn薄膜(画像5(左):赤線)と、鉄アンモニウム錯体水溶液(画像6)が用いられている。画像5の黒線は従来の放射光で計測された参照用のX線吸収スペクトル

X線ビームを分割することにより、XFELの一部を切り出してパルスごとのスペクトルを測定できることが、今回示された形だ。また、XFELと同程度のパルス幅を持ち、化学反応のトリガーとして使える光学レーザーを今回開発された手法と組み合わせることにより、超高速の化学反応を追跡するフェムト秒時間分解でのX線吸収分光が可能になるという。今後の研究開発により、XFELパルスの時間幅の測定や、光学レーザーとXFEL間のタイミング計測を、ほかの実験と並行して行えるようになると予想されるとする。これらの情報をパルスごとに評価することは、XFELの短パルス性を活かすために重要であり、超高速現象の解明に役立つことが期待できるとした。