東北大学は9月13日、琉球列島全域を包含するように奄美諸島、沖縄諸島、先島諸島(宮古-八重山諸島)の10の島々で調査地域を設定し(画像1)、サンゴ礁上や沿岸部に分布する「津波石」と呼ばれるサンゴ巨礫(きょれき)の有無を地質学的に調べることで、琉球海溝沿いにおける巨大地震と津波の発生頻度や規模の特徴を評価した結果、台風の高波起源の巨礫は琉球列島全域に存在するのに対し、津波石は先島諸島にしか分布していないことが明らかになったと発表した。

成果は、東北大 災害科学国際研究所 災害リスク研究部門 低頻度リスク評価研究分野の後藤和久准教授、同・今村文彦教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、9月6日付けで米学術誌「Geology」オンライン版に掲載された。

画像1。今回の研究の調査対象地域(Geologyより転載(日本語訳))

琉球海溝沿いでの過去の巨大地震や津波に関する情報は、日本のほか地域に比べて少なく、この地域における防災対策上の大きな障害となっている。琉球列島における歴史記録は過去350年ほどしか得られていないためだ。この間、大小9回の津波が発生したことがわかっているが、甚大な被害を出した巨大津波は、西暦1771年の「明和津波」しか知られていない。

明和津波は、石垣島南東沖を波源とする地震およびそれに伴う海底地すべりによって発生したと考えられる。津波は先島諸島を襲い、最大遡上高は石垣島南東海岸で約30mまで達したと考えられるという。そして、約1万2000人の犠牲者を出した大災害だった。一方で、この津波の影響は沖縄島や与那国島などでは記録されていないことから、その影響範囲は宮古-八重山諸島の一部の島々に限定されていたと考えられるとする。そこで研究チームが琉球海溝沿いにおける今回の評価を実施したというわけである。

数100年から1000年の時間スケールで発生するような低頻度の巨大地震・津波の実態の評価に有効なのが、地質学的手法だ。特に、歴史・先史時代の津波履歴や規模を調べる上で、主に砂粒子で構成される津波堆積物の調査が有効であることが知られている。

しかし問題となるのが、低湿地が少ない琉球列島の島々は、砂質の津波堆積物調査にはあまり適していない点だ。そこで今回の研究で着目されたのが、沿岸に分布する巨礫群だ。砂質津波堆積物を用いた場合は、津波履歴に加えて浸水域を推定できる場合がある一方、沿岸巨礫群を用いた場合は、数値計算と組み合わせることで津波の沿岸波高や周期を推定できる可能性があり、当該分野において関心の高い研究対象でもある。

そして琉球列島の巨礫は、主にサンゴが累積したものやサンゴ礁の基盤が剥がされてできたもので、津波以外に台風の高波などの高波浪によってもサンゴ礁上に打ち上げられる形だ(画像2)。

画像2(A)・画像3(B):奄美大島のリーフ上に分布する台風の高波起源の巨礫。画像4(C):石垣島宮良湾のリーフ上の津波石

画像5(D):石垣島東海岸の津波石(ハマサンゴ巨礫)。画像6(E):多良間島の海岸に津波石が分布している様子。画像7(F):水納島の津波石(ハマサンゴ)

今回の研究では、津波起源の津波石と、台風の高波起源の巨礫の識別法をまず検討し、巨礫のサイズ・空間分布の違いにより識別可能であることが明らかにされた(画像8~11)。

津波および台風の高波により運ばれた巨礫の分布による特徴の違い(後藤准教授が2012年に発表した論文より転載)。画像8(左):台風の高波。画像9:津波

奄美・沖縄諸島と先島諸島の違い。画像10(左):奄美・沖縄諸島。画像11:先島諸島

津波と台風の高波の水理学的な違いは周期にある。具体的には、津波の周期は数10分~1時間程度なのに対し、台風の高波の周期は長くても20秒程度だ。そのため、それぞれの波で運ばれたリーフ上の巨礫は、内陸方向への移動距離が異なる。

具体的には、台風の高波で運搬された直径1m以上の巨礫は、サンゴ礁の縁辺部(礁縁)から内陸方向に300m以上は運搬されることなない。また、こうした巨礫は琉球列島の全域に存在している。これらの巨礫は、少なくとも過去2300年前から現在までに繰り返し発生した台風の高波の影響を受けて、現在の位置に到達していると考えられるという。

その一方で、先島諸島にのみ、台風の高波により運搬される限界線をはるかに超えて、沿岸部(礁縁から~1.5km)に最大直径9mもの巨大なサンゴ巨礫が打ち上げられており、津波石と台風の高波由来の巨礫とでは、その差は歴然としているというわけだ。

また、今回の津波石は先島諸島にしか分布していないという結果は、琉球海溝沿いの巨大地震・津波の履歴を解明する上で、次の2つの重要な示唆を与えているという。

1つは、先島諸島では直径1m以上の津波石を海岸に打ち上げる規模の大津波が繰り返し発生しているということ。先行研究に基づけば記事はこちら、その再来周期は約150~400年とされる。ただし、津波の規模には大小があると考えられるという。

もう1つは、奄美諸島・沖縄諸島では、先島諸島付近で発生し得る規模の大津波(または、台風の高波で打ち上げられた巨礫をより内陸まで再移動させるような規模の大津波)は、少なくとも過去2300年間は来襲した痕跡がないということ。いい換えれば、奄美諸島から先島諸島まで琉球列島全域に影響を及ぼし得る巨大津波(例えば、琉球海溝全域で断層がずれて巨大地震が発生するなど)は、少なくとも過去2300年間は発生した形跡がないというわけだ。

このように、先島諸島に偏って過去の津波痕跡が見つかることから、琉球海溝沿いでの巨大地震・津波は、その頻度と規模に大きな地域的偏りがあると考えられるという。今後、地震学的研究により琉球海溝沿いのプレート境界の物性などを調べ、津波痕跡の地域性の原因を明らかにすることが望まれるとしている。