緊急時、冷静な対応を指示するCAの叫び声が機内に響く

空の旅を快適にしてくれる客室乗務員(以下、CA)。その笑顔や制服姿から、華やかな職業として捉えられがちだが、緊急時には乗客の命を預かる「航空保安員」としてのミッションも任されている。今回、CAは「航空保安員」としてどんな訓練をしているのか、その裏側を追ってみた。

JALでは年に1回、全CAが試験を受ける

日本航空(以下、JAL)のCAは新人研修時の保安訓練以外にも、年に一度、都内にある訓練施設で資格試験を行っている。これはJALで勤務する国内外の全てのCAが対象で、この試験に合格できなければ、翌日から乗務ができない。そのため、CAにとっては年に一度の大事な試験であり、2カ月くらい前から訓練をして備えているという。実際、どのように訓練をしているのか、緊急時を想定した「緊急保安訓練」に、乗客役として体験させてもらった。

JALは羽田空港からも近い場所に、「非常救難訓練センター」を設けている。取材当日はJALのインストラクターがCA役を担当してくれた

CAの叫び声が迅速な避難につながる

前方スクリーンには緊急事態を知らせる表示が

乗客役を交えての「緊急保安訓練」は、大きく分けるとふたつある。まずは地上着陸編。エンジン故障が発生し、脱出シューター(すべり台)を降りる訓練である。訓練ではほぼ実物と同じ仕様の機体に乗り込み、いわゆる「前方スクリーン」には緊急事態発生のメッセージが流れる。脱出完了までに与えられた時間は12分。CAは乗客避難を7分で完了させなければならない。疑似体験とはいえ、乗客役として参加した筆者にも緊張感が走る。

今回の体験では、JALのインストラクターがCA役を担ってくれた(以下、CAと表記)。緊急時には、「頭を下げて! Heads down!」「大丈夫、落ち着いて! Stay calm!」と、日本語と英語を交互に繰り返すCAの声が響く。ふだんのCAからはイメージできない叫び声に、自然と深く頭を下げてしまう。

乗降口前の乗客に補助を依頼。ほかの乗客が殺到しないようブロックをしてもらう

脱出準備が完了したら、インターフォーンでキャプテンへ報告

機体が着陸すると、CAはすぐさま乗降口付近の乗客に脱出の補助を依頼。今まで乗降口席になった場合、「通常の席よりも足が伸ばせてラク」くらいに思っていたが、緊急時の補助を冷静にできない人は座るべきでないと思ってしまうほど、重要な席だと実感する。

滑走する時は、上体を前屈させ、腕と脚を伸ばしてつま先を真上にするのがポイント

機体によってドアの仕様も異なるため、CAはドアごとに訓練を行っている。ちなみに、離陸時に流れる「オートマチックモードになりました」というアナウンスは、脱出シューターが自動的に出る設定になっていることを伝えている。ドアの開放とともに自動的に膨らむ脱出シューターへ、CAは次々と乗客を送り出していく。

余談だが、脱出シューターの長さは約8m。訓練上では高さ4.4mで、高さ的に“中程度”だという。着陸状況によっては、これより低くも高くもなる。この高さからだと、スキー場のキッズエリアでソリに乗っているくらいのスピード感となる。滑走には姿勢が大事とのことで、上体を前屈させ、腕と脚を伸ばしつま先を真上にする。この上体が反ってしまうと、地上に着いた時にきちんと立てないばかりか、スピードが出過ぎて飛ばされてしまう。体験したくはないことだが、万が一の時に備えてこの姿勢は覚えておきたい。

今回体験した脱出シューターの高さは中程度。訓練施設内には、低めや高めに設定された脱出シューターもある

海上着陸、救助までにすべきこと

もうひとつの「緊急保安訓練」は、海上への不時着に備えて行う緊急着陸である。海上編ではまず、座席下のライフベストを取り出し、着用することとなる。緊急時には、ベストの前後も分からなくなるほどパニックになる乗客も想定されるため、乗客が正しくベストを着用できるよう、的確にサポートできる力がCAに求められる。また、空気を入れるとかなりのボリュームで足元が見にくくなるので、乗客にはボートに乗る寸前に空気を入れることをフォローしているという。

脱出シューターは各扉に備え付けられており、機体ごとの定員数を満たす数のボートが取り付けられている。ボートに乗ったら、みんなで屋根を作る

ライフベストが着用できたら、次は海面へ。訓練所には大きなプールがあり、海面に浮いた状態での訓練ができるようになっている。海上着陸の際、扉に設置されている脱出シューターはそのままボートになる。今回の体験では、78人乗りのボートを使用。ボートのサイドからはキャノピー(屋根)が出てくるので、CAはこれを乗客みんなで被(かぶ)せるようにして屋根を作るのを的確に指示する。キャノピーの外側は光る素材になっており、上空から見つかりやすいようになっているそうだ。

ボートには19種ものサバイバルキットが

ちなみにボート内には、外傷用手当の「ファーストエイドキット」と、全19アイテムが詰まった「サバイバルキット」が設置されている。

サバイバルキットの中には、水をくみ出すバケツや布が破れた時の補強グッズ、キャンデーや水、捜索隊に見つけてもらうための様々な小物、そして“サバイバル・マニュアル”の冊子まで用意されている。この冊子には、応急処置の方法から万が一孤島に流された場合に備え、”食べられる魚”の説明まであるのだ。

「サバイバルキット」一式。脱出の際は、機内に常備している食料とともに持ち出す

この他の訓練として、フライト中に化粧室内から火災が発生した場合などに備える火災対応がある。この訓練では、消火活動や乗客のパニックコントロール、運航乗務員及び他CAとの連携などの演習を行っている。また、突然急減圧が発生した場合に備えた演習も実施している。この場合、客室に酸素マスクが落下し、自動で「緊急降下中!」を知らせるアナウンスが流れる。CAは素早くマスクを着用し、旅客への着用指示とともに、子供を連れた乗客のフォローができるよう、訓練を通じて備えているという。

火災対応における消化器の訓練。最近では、PCからの発火に対応する冷却用の「水消化器」などもある

今回、飛行機には様々な場面を想定した備えがされていることが分かったが、これらは的確に使える人がいるからこそ機能すると言っても過言ではないだろう。いつも温かい笑顔が印象的なCAだが、その裏ではもしもの事態に備え、真剣な眼差しで訓練に励む姿があるのだ。