広島大学(広大)は9月2日、慶應義塾大学(慶応大)、がん研究会との共同研究により、放射線被ばく後に発病する白血病の原因遺伝子を発見したと発表した。

成果は、広大 原爆放射線医科学研究所の稲葉俊哉教授、同・本田浩章教授、慶應大医学部の須田年生教授、同・田久保圭誉講師、がん研究会 がん研究所 発がん研究部の中村卓郎部長らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間9月10日付けで米学術誌「Cancer Cell」オンライン版に掲載された。

原子爆弾などの放射線を被ばくした後に発病する白血病や「骨髄異形成症候群(MDS)」(かつては「前白血病」と呼ばれていた)は、広島や長崎などの被ばく地で大きな問題となってきた。広島および長崎の被ばく者のがんに関しては、広島にある放射線影響研究所と長崎大学の長きにわたる調査の結果、白血病は原爆が投下された2年後の1947年から増加しだし、1952年にピークを迎え、その後は減少をたどっているが、1975年前後に底を打ち、その後、微増している。一方、MDSと固形がんに関しては1960年以降、急激に増えている(画像1)。

画像1。広島・長崎原爆被ばく者のがん

被ばく後、数年から長い時では数十年(中には半世紀以上の場合も)経ってから発病しており、放射線被ばくの影響は非常に長期間続くのがわかっている。しかし、長い年月に何が起きているのかはよくわかっていないほか、放射線によるがんの治療後にも白血病やMDSが発病することがあり、未解決の問題となっている。

研究チームは、そうした課題に対し、発病前に「育ちつつあるがん」を見つけるための研究を続けており、被ばく者や放射線治療後の白血病やMDSでは、しばしば7番染色体が失われることに着目。7番染色体のどの遺伝子が失われることにより白血病が発病するかを調査。

7番染色体の数百ある遺伝子の内、「Samd9L」遺伝子を含むごく少数の遺伝子だけが欠落している患者がいたことから、マウスを用いてさらにマイクロアレイCGH法を用いて調査を実施し、Samd9L遺伝子が抜け落ちると白血病やMDSになる仮説が立てられた(画像2)。

画像2。マイクロアレイCGH法を用いての原因遺伝子の同定

そして研究チームがSamd9Lを人工的に欠損させたマウスを作製して調べたところ、このマウスは加齢と共に白血病やMDSを発病。生後1年半ほどでSamd9L欠損マウスは生存率が急激に落ち始め、2年を待たずに生存率は50%ほどになり、2年が経つ頃には低いものは30%を切るほどになっていたことを確認した。同じ2年で、正常マウスの生存率は90%以上であり(画像3)、この結果、放射線による白血病やMDSの発病には、Samd9Lの欠損が重要であることがわかったのである。ちなみに、マウスの年齢の30~40倍が、おおよその人の年齢だ。

画像3。Samd9L欠損マウスの生存率は、2年で50%以下となる

Samd9Lの機能だが、細胞分裂の調節に関係している。「サイトカイン(細胞間でやり取りされる多様な生理活性を持つタンパク質で多数がある)」という物質の1種が細胞分裂のGOサインとなるのだが、Samd9Lはそれを調節しており、Samd9Lがないとサイトカインが出ている時間が延長され、細胞分裂が余計に行われてしまうというわけだ。

また、Samd9Lが失われる原因は放射線だけではなく、血液幹細胞のDNAにさまざまな理由で傷が入ってSamd9Lが失われると、白血病やMDSに至るという。いくつもの出来事が重なった結果、白血病やMDSが発病するとした。そのいくつもの出来事は、研究チームの見解によれば5~6個あると推定され、今回のSamd9Lが失われることはその内の1つだろうとしている。

原爆被ばく者は、原爆投下後半世紀以上経った現在でも、MDSやがんの発病が多く、今回その理由の1つとしてSamd9Lの喪失がわかったわけだが、長い期間放射線の悪影響が残るのかの完全な理由は、今でも十分に理解されていない。研究チームは、今回の発見は、白血病やMDSの早期発見や予防に応用できる可能性があるとしている。