東北大学は9月2日、ラット胸部軟組織に埋入した絡み形状を持つ酸素含有官能基(ヒドロキシル基、カルボキシル基)修飾多層カーボンナノチューブ(t-ox-MWCNTs)の構造を、2年間にわたって透過型電子顕微鏡、ラマン散乱分光法を用いて評価しその結果を発表した。

同成果は、同大大学院 環境科学研究科の佐藤義倫准教授らによるもの。北海道大学大学院 歯学研究科、日立ハイテクノロジーズ、堀場製作所、産業技術総合研究所(産総研)、ブルカー・ダルトニクス、ネッチ・ジャパンと共同で行われた。詳細は、Nature Publishing Group発行の「Scientific Reports」に掲載された。

ドラックデリバリーシステム(DDS)のキャリア、細胞培養のスキャホールド、人工関節・骨などの生体材料として、カーボンナノチューブ(CNTs)が注目されている。これらの応用には、生体内でのCNTsの長期間の構造安定性および生体適合性が重要な要素となる。これまで、生体外・生体内実験において、カルボキシル基修飾されている単層カーボンナノチューブ(SWCNTs)や多層カーボンナノチューブ(MWCNTs)が、マクロファージや好中球などの貪食細胞中のライソゾーム内で生分解されることが知られていたが、長期間の生体内でのCNTsの構造安定性、またマクロファージ内外でのCNTsの構造安定性は調べられていなかった。これを明らかにするために、2年間にわたり、ラット胸部軟組織に埋入した絡み形状を持つ酸素含有官能基t-ox-MWCNTsの構造を透過型電子顕微鏡、ラマン散乱分光法を用いて評価した。また、光学顕微鏡を用いて組織観察を行い、t-ox-MWCNTsに対する細胞組織応答に関しても調べたという。

図1 埋入1週間後の組織内のt-ox-MWCNTsの組織画像と高分解能TEM像。(a)光学写真。(b)高倍率光学写真。大小のt-ox-MWCNTs凝集体がマクロファージ(点線白丸)、異物巨細胞、線維芽細胞を伴った肉芽組織によって囲まれている。(c~f)高分解能TEM像。大きなt-ox-MWCNTsの凝集体が多くのマクロファージに取り囲まれている(c)。小さなt-ox-MWCNTsの凝集体の多くはマクロファージの細胞質(2次ライソゾーム(sLys)、小胞(v)、ミトコンドリア(Mt)が観察されている)に存在する。eの白矢印はエンドソームの膜。2fはt-ox-MWCNTsのマクロファージがレスティング状態のもの

図2 埋入2年後の組織内のt-ox-MWCNTsの組織画像と高分解能TEM像。(a)光学写真。(b~d)高倍率光学写真。肉芽組織にマクロファージ(MΦ)、多核異物巨細胞、毛細血管が観察され、薄い線維性結合組織が観察されている(a、b)。多くのミトコンドリアや1次ライソゾームが観察されている(cの白矢印)

図3 軟組織中のt-ox-MWCNTsのラマン散乱スペクトル。(a)埋入1週間後と2年後の細胞間隙(マクロファージ外)にあるt-ox-MWCNTsのラマン散乱スペクトル。(b)埋入1週間後と2年後のマクロファージ内にあるt-ox-MWCNTsのラマン散乱スペクトル。埋入2年後のマクロファージ内のサンプルにおいて、ナノチューブ構造の乱れを示す1350cm-1のピークが大きくなっていることから、t-ox-MWCNTsが分解していると言える

図4 埋入1週間後の組織内のt-ox-MWCNTsの高分解能TEM像と電子線回折パターン。(a)細胞間隙(マクロファージ外)にあるt-ox-MWCNTsの高分解能TEM像。ナノチューブ内にある黒い部分はt-ox-MWCNTsに残存している鉄触媒。(b)図1eに示したエンドソーム内の高分解能TEM像。(c、d)エンドソーム内の高倍率高分解能TEM像。図4a、c、dの挿入図は拡大図で、スケールバーは5nm。(e)マクロファージ内の2次ライソゾームにあるt-ox-MWCNTs(点線白丸)の電子線回折パターン(図4e挿入図)。(f)細胞間隙(マクロファージ外)にあるt-ox-MWCNTs(点線白丸)の電子線回折パターン。埋入前後でt-ox-MWCNTsの(002)面間隔に変化はみられない

埋入1週間後では、t-ox-MWCNTs(約5μm以上)は細胞間隙に存在し、ナノチューブ周囲に軽度の炎症反応を伴う肉芽組織が観察された。埋入1年間後では、肉芽種性炎の状態を呈しており、大きな塊のt-ox-MWCNTsでは、ナノチューブの周囲の周りにマクロファージや異物巨細胞などの貪食細胞が数多く観察された。これは、t-ox-MWCNTsの塊が大きすぎて、貪食細胞が塊を取りこむことができなかったためと考えられる。しかし、2年後には炎症が収束し、基質化が認められていることから、今回の実験で使用した親水性MWCNTsは、生体適合性が高いと言える。透過型電子顕微鏡、ラマン散乱分光法の結果から、軟組織内のマクロファージ内において、1週後では埋入前のt-ox-MWCNTsの構造とほぼ変化はなかったが、2年後では一部のt-ox-MWCNTs表面の構造が乱れており、分解されていることが分かった。この結果は、これまで報告されているマクロファージ内でナノチューブが生分解するという報告と一致する結果となった。一方、細胞間隙にあるt-ox-MWCNTsでは、1週、2年後とも、埋入前のナノチューブの構造とほぼ変化がなく、マクロファージに貪食されて、ナノチューブ構造が壊れることもなかった。これらの結果から、親水性MWCNTsを使用した生体材料は軟組織内で良好な生体適合性を持ち、ナノチューブが生分解しないため、生体材料としての機能は保つことができると言える。今後は、生体材料への実用化に向けて生化学データなどに関しても調べていく予定という。

図5 埋入2年間後の組織内のt-ox-MWCNTsの高分解能TEM像。(a)細胞間隙(マクロファージ外)にあるt-ox-MWCNTsの高分解能TEM像。(b)マクロファージ内の低倍率高分解能TEM像。(c)マクロファージ内の高倍率高分解能TEM像。(d)マクロファージ内のt-ox-MWCNTsの表面にある3~5nmの積層物(白矢印)の高分解能TEM像。(e)マクロファージ内の2次ライソゾームにあるt-ox-MWCNTsの高分解能TEM像。(f)図5eの高倍率高分解能TEM像。白矢印部分はナノチューブの結晶性が乱れている。図5a、c、fの挿入図はそれぞれの白線四角の拡大図で、スケールバーは5nm

図6 埋入2年間後の組織内のt-ox-MWCNTsの高分解能TEM像と電子線回折パターン。(a)マクロファージ内の2次ライソゾームにあるt-ox-MWCNTsの高分解能TEM像。(b)図6aの白線四角の拡大図。挿入図は点線白丸の電子線回折パターン。埋入2年後において、t-ox-MWCNTsの(002)面間隔は埋入前と比較して大きな変化はみられない。(c)細胞間隙(マクロファージ外)にあるt-ox-MWCNTsの高分解能TEM像。(d)図6cの白線四角の拡大図。挿入図は点線白丸の電子線回折パターン。t-ox-MWCNTsの(002)面間隔は埋入前のものとほぼ同様である。(e)マクロファージ内の2次ライソゾームにあるt-ox-MWCNTsの高分解能TEM像。(f)図6eの白線四角の拡大図。挿入図は点線白丸の電子線回折パターン。図6fのt-ox-MWCNTs(点線白丸)の部分の電子線回折から得られたナノチューブの(002)面間隔は、埋入1週間後の2次ライソゾームにあるt-ox-MWCNTsのものよりも1.2%大きくなっており、面間隔の広がりは、ナノチューブの分解による乱層構造から由来するものと考えられる

図7 埋入2年後のラット軟組織に存在するt-ox-MWCNTsの概念図。(a)マクロファージの2次ライソゾームに取り囲まれて、ナノチューブ表面が分解されている図。(b)細胞間隙にあるナノチューブの図

今回の研究の結果、親水性MWCNTsは軟組織内で安定で、良好な生体適合性を持つことが判明したことから研究グループでは今後、親水性MWCNTsを使用した人工関節材や骨材などの軽量で強度のあるCNTs複合生体材料の開発とその利用が期待されるとコメントしている。