北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は、植物細胞に含まれたポリフェノールの一種である桂皮酸類を用いて、光と熱で多重形状記憶するバイオフィルムを開発したと発表した。

成果は、同大 マテリアルサイエンス研究科の金子達雄准教授、王思乾博士らよるもの。詳細は、ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」に近く掲載される。

バイオプラスチックは材料中に二酸化炭素を固定することで濃度を削減し、低炭素社会の構築に有効であるとされている。しかし、その大半は、単純な構造の高分子からなり機能面で制限されている。このため、使い捨てなどの低価格帯分野が中心であり、工業製品などとして広く用いられるには至っていない。例えば、ポリ乳酸は代表的なバイオポリエステルだが、それを構成する高分子中には芳香環、光反応性官能基、π共役系構造などの光機能性を示す部位がないため、汎用プラとしての検討が進められている。しかし、一般に生体工学的な生産工程にはコストがかかるため、ポリ乳酸はポリエチレン、塩ビ、ポリプロピレンなどの従来の汎用プラスチックと競争するには厳しい状況にある。

研究グループは、以前よりポリフェノールの一種である剛直な構造の桂皮酸に注目し、中でも大麦などの単子葉類に多く含まれる桂皮酸類から高機能性のバイオポリエステルを開発してきた。その中で、桂皮酸類の光反応を利用して高性能、高機能スーパーエンジニアリングプラスチックの開発を進めていた。今回、4-ヒドロキシ桂皮酸とコハク酸(天然分子)からなるモノマーの合成に加え、このモノマーと各種グリコール(バイオ分子から生産可能)とのエステル交換重合法を開発し、二酸化ゲルマニウムの触媒作用により高分岐バイオポリエステルを得たほか、同バイオポリエステルのフィルムが光メカニクス効果を示し、照射光の強度、方向、波長などを変えることで、様々な形状に変化させるその形状を記憶させることができることを確認した。

さらに、熱による形状記憶効果も示すことも確認したことから、光メカニクス効果と組み合わせることで、他種類の形状を記憶する形状記憶フィルムとして利用可能であることが判明したという。

作成方法としては、まずパラクマル酸をメチル化した後にコハク酸と反応させると、表1の左上のBMOPSと表記される構造のエステル化合物を得ることができる。これをモノマーとして使用し、各種グリコール(1.1等量)と混合し二酸化ゲルマニウム触媒(1重量部)の存在下でゆっくりと加熱し200℃で45kPaの真空下で10時間撹拌し、続いて220℃で10kPaでさらに70時間撹拌すると、粘性の高い物質となり、自然冷却することで樹脂状の固体が得られる。ちなみにこの時、さらに長時間撹拌するとゴム状の物質へと変化し、成形加工が困難となる。得られた樹脂は、ホットプレス法(200℃で2MPaの圧力をかけて30秒プレス)でフィルム状に加工(0.5mm厚)する。

今回の成果は大きく2つある。1つは、バルクエステル交換法による絡み合った高分岐高分子の合成。高分岐高分子は一般に高分子鎖間の絡み合いが起こらないために、その成形は難しいとされている。一方、網目状高分子はゴムのように形状記憶効果を示すがホットプレスなどの成形加工は困難である。そこで、無溶媒中で高分岐高分子を合成することで分岐鎖が絡まったまま高分岐高分子を得た。これにより、ホットプレスによる成型加工が可能、かつ形状記憶効果を示すポリエステルの合成に成功した(重量平均分子量2万7400~4万8300g/mol)。具体的には、表1上の構造式aのグリコールのエステルモノマーに対する若干量の過剰導入によるポリエステルの末端水酸基化と、表1上の構造式bのように、その末端の二重結合への付加反応を利用することで10%以上の高い分岐度を持つポリエステルを合成した。また、完全な編み目鎖ではないにも関わらず、形状保持率Rfと形状回復率Rrともに90%以上の高い値を示した。

表1 桂皮酸を含むモノマーからのポリエステルの合成スキームとその基礎物性

もう1つは、光機能性形状記憶効果の発見。フィルムに高圧水銀灯による紫外線照射を行うと、照射側を凹面にして屈曲する光メカニクス効果を示した。この変形スピードはグリコールの炭素数に依存して変化した。しかも、この変形後の形状は記憶され、この形状を初期形状として温度による形状記憶効果を示すことが分かった。さらに、低圧水銀灯によるより短波長の紫外線照射により、元の平坦なフィルムへと戻ることも分かった。その上、光の照射強度、方向を変化させることで従来の光メカニクス素材よりも複雑に形状制御することも可能だった。つまり、様々な形状を複数の刺激で記憶できる多重形状記憶フィルムとなることが分かった。例えば、図2に示すように、イチョウの葉の形状を羽ばたく白鳥の形状へと変化させ、それを眠る白鳥の形状にし、また羽ばたく形状へと戻すこともできたとしている。

図1 (a)2Cフィルム(25×10×0.2mm)の光メカニクス効果(波長λ=280~450nm)。(b)グリコール炭素数と変形時間との関係。2C~4Cの増加により変形速度は下がるが4C、5C、6Cではほとんど変わらなかった

図2 (a)イチョウの葉の形状のフィルム、(b)光メカニクス効果により作成した羽ばたく白鳥の形状、(c)熱を加えることで眠る白鳥の形状、(d)再び加熱することにより羽ばたく白鳥の形状に戻る

今回の成果により、高度分岐型高分子の新しい利用法の開拓と、桂皮酸類の光機能性が見いだされた。天然物の中には多くの桂皮酸類が存在するが、この生体分子の光機能性バイオプラスチック原料としての利用範囲が広がったと言える。また、得られた光メカニクス素材の、光エネルギーを直接力学エネルギーへと変換するエネルギー変換素子としての利用可能性も見いだされたとコメントしている。