奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は、ウイルス感染に対する免疫反応が、細胞膜に存在するリン脂質の一種である「イノシトール5リン酸」により制御されていることを明らかにしたと発表した。

同成果は同大バイオサイエンス研究科分子免疫制御研究室の川﨑拓実 助教、河合太郎 准教授、大阪大学 免疫学フロンティア研究センターの審良静男 教授らによるもの。詳細は「Cell Host Microbe」オンライン版に掲載された。

ウイルスなどの病原体の感染は自然免疫系により認識され、それにより細胞がインターフェロンや炎症性サイトカインをはじめとする液性因子(サイトカイン)を産生。産生されたサイトカインは引き続きキラーT細胞の活性化やB細胞による抗体産生といった獲得性免疫による生体防御の誘導などの役割を担うことが知られている。

自然免疫による病原体の認識は、病原体固有に存在する構造を認識する受容体(自然免疫受容体)が病原体成分を認識することで、細胞内シグナルシグナル伝達たんぱく質が順次活性化し、最終的に転写因子が活性化。その結果、サイトカイン遺伝子の発現が誘導され、サイトカインの産生が開始されるという全体的な仕組みは知られているものの、まだ不明な点も数多く残されている。

例えば、リン酸化酵素「TANK Binding kinase 1(TBK1)」は、ウイルス感染により活性化し、転写因子「Interferon Regulatory Factor(IRF)3」を直接リン酸化、リン酸化IRF3が細胞質内から核内に移行し、I型インターフェロンをはじめとするサイトカインの発現を誘導するために必須であることがこれまでの研究から明らかにされてきたが、どのようにTBK1-IRF3シグナルの活性化が制御されているかは不明のままであった。

そこで研究グループは今回、TBK1-IRF3シグナル活性化メカニズムを明らかにするための研究として、TBK1-IRF3のシグナルを活性化し得る細胞内因子の探索を実施。その結果、イノシトール5リン酸がIRF3と結合すること、ならびに、同結合がTBK1によるIRF3のリン酸化を増強することで、インターフェロン産生を促進することを発見したという。

自然免疫のシグナル伝達。ウイルスなどの病原体由来の構造物が、細胞内のレセプターに認識されると、各々のアダプターたんぱく質を介して、TBK1-IRF3 シグナルなどが活性化し、インターフェロンなどのサイトカインの産生を誘導する

また、イノシトールリン酸の5位をリン酸化することでイノシトール5リン酸の産生に関わるリン酸化酵素PIKfyveの活性化を薬剤により阻害したり、ノックダウン法により発現を抑制したところ、ウイルス感染によるインターフェロンの産生が減少することを確認したほか、ウイルス感染によりイノシトール5リン酸の細胞内の量が増加することも確認したという。

さらに、イノシトール5リン酸の産生はPIKfyveの阻害により抑制されることも確認したとのことで、これらの結果から、ウイルス感染時の細胞の応答には、イノシトール5リン酸が必要であることが示されたとするほか、樹状細胞に合成イノシトール5リン酸を与えると、インターフェロンなどのサイトカインが産生されることも発見したとする。

加えて、イノシトール5リン酸が樹状細胞を活性化することができることから、イノシトール5リン酸が生体内で抗体を作る時の補助的な役割「免疫賦活化能」を発揮するかの調査として、イノシトール5リン酸を抗原とともにマウスに免疫した結果、抗原特異的な抗体が産生したことから、イノシトール5リン酸に免疫賦活化能があることも確認したという。

Aはイノシトール5リン酸の産生に関わるリン酸化酵素PIKfyve の発現を抑制するとウイルス(Newcastle disease virus:NDV)感染によるインターフェロン(IFNβ)が減少することを示したグラフ。Bはマウスに合成イノシトール5リン酸(C8-PtdIns5P)もしくはAlum(陽性コントロール)とともに卵白アルブミン(OVA)抗原を投与して、OVA特異的抗体(IgG)の量を計った結果。野生型マウス(WT:Wild type)ではイノシトール5リン酸により抗体産生が上昇するものの、IRF3/7ノックアウトマウスでは抗体産生しないことが分かった

今回の成果を受け、研究グループは、イノシトール5リン酸は、イノシトール3リン酸や、イノシトール4リン酸などに比べ、役割があまり知られていないイノシトールリン脂質であり、生体内での存在量も少ないながら、新しいタイプの毒性の少ない安全性の高い免疫賦活剤として活用できる可能性が示されたとコメントしている。

イノシトール5リン酸による自然免疫シグナルの制御メカニズム。ウイルスが感染するとイノシトールがPIKfyveによりリン酸化されイノシトール5リン酸が産生される。イノシトール5リン酸はIRF3と結合することで、リン酸化サイトがTBK1により効率的にリン酸化されるようになる